嫉妬の味/前編 閉店後のバーを出た露伴は、ポケットに入れていた煙草とライターを取り出して眺める。 最後までいた客がカウンターに忘れていったものだ。数日おきに来ている、大柄で寡黙な男。いつもウイスキーの水割りを注文して、30分前後で帰っていく。その男とは特別な会話をしたことはなく、注文を聞いて作った酒を出すという関わりだけだ。特に目立つ行為をしているわけでもないのに妙に存在感があり、つい目が行ってしまう。 今のところ、名前すら知らない。カフェタイムの昼間から、酒類を提供するバータイムに切り替わると店は更に忙しくなるため、こちらから話しかける余裕はあまりないのだ。 聞いたことのない銘柄の煙草だった。露伴は何となく中から1本取り出し、口に咥えるとライターで火を点ける。つい思い切り吸いこんだせいで激しくむせてしまい、うずくまりながら何度も咳を繰り返した。 「店に忘れ物をしたんだが」 咳が収まった頃、頭上から聞こえたその声に顔を上げた露伴は驚いた。とっくに帰ったと思っていたあの水割りの男が、ズボンのポケットに両手を突っ込んでこちらを見ている。 「ここの店員だろう?」 「え、はい……あっ」 男の視線は露伴が持っている煙草とライターに注がれている。そこでようやく状況を理解できた。客の忘れ物に手をつけ、しかもその本人に見られてしまった。どう弁解すれば良いのか分からずに混乱した末に、 「もう、いらないのかと思って」 弁解になっていないどころか開き直ったような言葉が出て、気まずくなった。これは怒られるかもしれない。そう覚悟した時、男は露伴の手から吸いかけの煙草をそっと奪うとそれを吸い始めた。間接キスだ、とぼんやり思ったが慌てて打ち消す。同じ男相手に、おかしい。 「お前、いくつだ」 「……じゅうな、いや、18です」 「17か」 「店ではひとつ歳ごまかしてるんです、どうしても金が必要だったので」 「そんなに生活に困っているのか」 「実はぼく、去年マンガ家としてデビューしたんです。でもまだ全然売れてなくて。高校を卒業したら家を出てひとり暮らししたいから、今からマンガ以外でも稼いでおかなきゃ」 「そうか……ところで、これから時間あるか」 17歳の子供を誘うには遅い時間だが、露伴を見つめる男の表情にどきっとした。日本人離れした、男らしく整った顔立ちや美しい瞳の色。視線を下に動かすと、男の左手薬指には、既婚者の証があった。確かにこんな良い男なら、すでに女から目をつけられていて当然だ。 それなのに彼は、そんなことはお構いなしに露伴をどこかへ連れていこうとしている。 「さっきお前が吸った煙草の分、おれに付き合え」 彼は海洋学者をしている空条承太郎という男で、普段はアメリカで仕事をしているが最近は実家のある東京のこの町に帰ってきているらしい。 「あの店の雰囲気もだが、お前の作る酒も好きなんだ」 静かな夜道を歩きながら、隣の承太郎がストレートにそんなことを言うので動揺する。だから店に通ってくれているのだろうか。自分の作った水割りのグラスに承太郎が口をつける瞬間を、忙しい中でも見ていたい。やはりこれは、客以上の特別な存在として意識している証拠だ。次から冷静に水割りを作れるかどうか不安になる。 「まだ働き始めたばかりだし、あまり上手く作れている自信はないんですけど」 「上手い下手の問題じゃねえ、分かるか」 「……難しいな、ぼくまだ子供なので」 いつも使っている駅に着いたので、ここで承太郎と別れることになる。露伴は承太郎の正面に立つと大柄な彼を見上げた。 「また、店に来てください。いつもはバータイムから入るんですが、週末は昼からいることもあるので」 「ああ、分かった」 一瞬だけ感じた名残惜しさを振り切って背を向けようとすると、急に腕を掴まれた。手の温度が想像より高かったが、酒を飲んだばかりだと思うと納得が行く。 「承太郎さん?」 「まだ17か……危ねえな」 意味深な呟きの後で承太郎は手を離し、あっさりと立ち去った。露伴は遠ざかる広い背中を見送りながら、次の電車の時間も忘れて不思議な余韻に浸った。 拡げられた尻の窄まりから硬い性器を抜かれ、先端の太い部分が通り過ぎる瞬間に思わず短い声が出た。うつ伏せから仰向けに体勢を変えられて、今まで背後から露伴を犯していた男が覆い被さってくる。 もう少しでいけそうだったところを寸止めされて、身も心も辛かった。 『何で途中でやめるんですか……あのまま、欲しかったのに』 『最後まで、してほしいか』 『一緒に、いきたい』 『だったら、おれ以外の野郎を見るな』 バーで仕事をしている以上、それは無理だ。何故そんな無茶を言うのか分からないが、男の目は冗談を言っているようには見えなかった。もしするととんでもなく独占欲が強いのかもしれない。妻子持ちの立場で、未成年に手を出しているくせに。 『お前のここはもう、17のガキじゃねえな』 再び太いものを望んでいる窄まりに男の指が潜り込み、把握された敏感な部分を探られた。物足りないはずなのに、いやらしい声が止まらない。腰を揺らして乱れる露伴を、男は呼吸を荒げながら指を増やして攻め続ける。 『好きだ、露伴』 その一言があまりにも魅力的に響いて、無意識に男の指を締め付けてしまう。ぼくも好きです、と言いかけた時に視界が突然暗転し、気付くと自分の部屋のベッドにいた。 あのセックスが全部夢での出来事と知って安心した反面、相手の男が明らかに承太郎だったので朝から淫らな気分になってしまった。 |