Survivor/3 そこが拡げられ、すでに猛ったものが僕の中に押し込まれていく。 見た目だけでは実感が薄かったが、こうして奥深くまで受け入れてしまったらどうなるのかと不安になるほど、太く硬い。出すつもりのなかった苦痛の声が、僕の口から漏れた。 大きく開いた両足を、肩につくぐらいに押し上げられた酷い格好で男とセックスをしている。それでも嫌だとは思わないのは、僕が相手の男にこうされたかったと密かに望んで いたせいなのか。 「全部、入ったぜ」 耳元で囁かれたその声と言葉に僕は何も言えず、震わせた息で応えるしかできない。その広い背中にしがみついて、温もりと匂いを更に求める。 男の身体のあちこちには、うっすらと傷跡が残っている。数多くの戦いに勝ち続け、ここまで生き残った証だ。 僕はまだ、男の記憶を読んでいなかった。興味はあったが、もし読んでしまったら彼に対する意識が変わるかもしれない。読んだことを後悔させるような、つまらない人生は 送っていないだろう。だからこそ恐ろしい。僕が彼の全てを知った時、取り返しがつかないほどのめりこんで、自分を見失うのが。 相手は妻子ある身なのに、面倒事はごめんだ。僕が1番大切なのは漫画しかない、昔からずっと。そう思いながら、いつの間にか生まれていた気持ちから目を逸らしていたのだ。 「今、すげえ優越感を感じているんだが」 「……?」 「あれだけ漫画が大事だと言っていたあんたを、こうして好きなようにできるんだからな」 挿入されたまま乳首を摘み上げられて、僕は堪え切れずに明らかに感じている声を出してしまう。そんな愚かな自分に腹を立てながらも、薄く笑みを浮かべた男に何度も強く 突き上げられて、僕はみっともなく乱れ続けた。 「このまま、僕の中に……ください」 「あんた本当にこれが初めてか、ずいぶん大胆だな」 「どんなふうに思われても構わない、欲しくておかしくなりそうだ」 僕は男の名前を、小さな声で呼ぶ。身体だけではなく僕の心の隅々までをも犯していく性器を、もっと奥のほうへと誘い込むように、その腰に両足を強く絡めて押しつけた。 今度こそ自分のベッドで目覚めた僕は、先ほどの夢を思い出して動揺した。何がどうなって、あんな夢を見てしまったのか分からない。決して望んで見たわけじゃなかった。 あの人と僕が、まさかあんなことをするなんて夢でも信じられない。また僕をどこかへ誘うと言っていたが、本当に誘いに乗ってもいいのだろうか。 とりあえず今は、次の仕事に集中するべきだ。僕が、僕のままでいられるように。 手渡された写真には今より少し若いジョースターさんと、彼にしがみつきながら無邪気に笑っている幼い少年が写っていた。かなり古い写真のようで、少し色褪せている。 しかしそれは今までずっと大切に扱われてきたことが、手に取って眺めていると何となく分かる。きっと宝物なのだろう。 「可愛いじゃろ、今じゃすっかり愛想のかけらもなくなったあいつも、昔は素直に懐いてきてたんじゃよ」 そう言ってジョースターさんは、楽しそうに笑った。 数十分前、町を歩いていた僕に声をかけてきたのはこの人だった。何かと憎たらしい息子のほうとは違い、穏やかで良い人だ。しかも以前に記憶を読ませてもらった時、その 長い人生の中で積み重ねてきた経験の数々に圧倒された。それ以来僕は、彼に一目置くようになったのだ。こんなことは滅多にない。 あの人の祖父というだけで、ただ者ではない予感はしていた。 ジョースターさんは僕の向かいの席で、コーヒーを飲んでいる。声をかけてきた後で僕をこの喫茶店に誘い、注文した飲み物を待っている間に、財布の中からこの写真を 取り出して僕に見せた。 昔のジョースターさんと一緒に写っているのは、子供の頃の承太郎さんだ。 あの人にもこんな時代があったのかと、当たり前のことを考えてしまった。 「ところで露伴君は、承太郎と仲が良いのかな?」 「……仲が良いというか、まともに話をするようになったのはつい最近ですよ」 確かにあの雨の日から承太郎さんに関わる機会が増えてきているので、ジョースターさんは僕と承太郎さんを友達だと思っているのだろうか。 「君さえ良ければ、あいつと仲良くしてやってくれんか」 「えっ?」 「日本に来てから、あいつが自分の泊まっている部屋にわしと仗助以外の人間を入れるのは初めてなんじゃよ。もしかすると君には、心を許している気がしてのう」 一体この人は何を言い出すのかと、僕は戸惑った。僕をまたどこかに誘おうとしている承太郎さんといい、ジョースター家は僕をどこまで振り回せば気が済むんだ。何か因縁が あるのかと思ってしまう。それにこの前見たあの、承太郎さんが出てきた夢を思い出すたびに、顔を見ることすらためらっているというのに。 仲良くしてやってくれ、なんて面と向かってジョースターさんに頼まれてしまっては、どうすればいいのか。もしまたあの人とふたりきりになったら、今度は冷静に対応 できる自信がない。 「ちょうど近くまで来たんだが、少し上がってもいいか」 インターホンから聞こえてきたその声に、僕は心臓がどうにかなりそうになった。 まさかこんなに早く再会することになるとは。次に会う時はまたどこかに誘われて、顔を合わせる日だろうと思っていたので、すっかり油断していた。 「……いいですよ、今ドアを開けますから」 僕の中に、拒絶するという選択肢は浮かばなかった。向こうは何とも思っていないのに、僕ばかりが意識していても仕方がない。 ドアを開けると、本屋の紙袋を抱えた承太郎さんが立っていた。本屋に寄ったついでかと考えながら、僕は彼を中に入れて客間に通した。ふたり分の飲み物を用意してから 僕が戻ってくると、承太郎さんは紙袋から中身を取り出す。それは僕が漫画を連載している雑誌だった。驚いて顔を上げる。 「少し前からだが、あんたの漫画を読み始めた」 「あなたが漫画を読むなんて、意外でした」 「これでも学生の頃はよく読んでいたんだ。先生が描く話はきれいごとばかりじゃなく、人間の陰の部分もしっかり表現されている。確かに読み手を選びそうな作風だが、 俺は面白いと思う。リアリティを感じる」 「いくら少年誌とはいえ、夢や希望ばかりの話じゃ面白くないですからね」 淡々とした調子でそう言いながらも僕は、自分の漫画を好意的に評価されて嬉しかった。僕にとって漫画こそが自分の全てで、ひたすらそのことばかり考えて生きてきた。 だから、僕の生きがいとも呼べる漫画を好きになってくれる相手には弱いのだ。 嬉しい反面、このまま承太郎さんへの好感度が上がっていくのは危険だとも思った。理由は上手く説明できないが、そんな予感がする。 「今週は、あの部分が良かったな……主人公が、敵の過去を暴くところが」 「僕は最後の、次週に繋げる部分に力を入れて描いたつもりなんですけどね。もう1度読み直せば分かりますよ」 僕がそう言うと、承太郎さんが買ってきた雑誌を手に取って自分の漫画のページを開いた。この時の僕の表情は、きっと緩んでいたと思う。少し前まで感じていた戸惑いや 緊張は薄れ、今は嬉しさと楽しさでいっぱいだった。 自分では気付かなかっただけで、僕は結構単純なのかもしれない。こんなにも簡単に流されてしまうなんて。 |