Dear my teacher/2 女装した露伴は決して、誰もが振り返るような可憐な美女ではなかった。 本人はどう思っているのかはともかく、こうして一緒に町の中を歩いているとそれが痛いほど分かる。 誰もが振り返る、という部分だけならかろうじて当てはまっている。ただし、その姿に魅入られてという意味ではなく、女にしてはかなり高い背丈に驚いているのだ。 踵の高いブーツを履いているせいで、今の露伴の身長は180センチほどになっていた。その辺の男と同じくらいか、もしくは余裕で越えてしまっているか。 化粧のほうも何を参考にしたのかは知らないが、今日から付け始めたらしい人工の睫毛に加えて目の周りを黒く囲んでいるため、顔全体がこれでもかというほど濃い。 本当は成人した男なので仕方ないが、女の服を着て上手く化粧をしても、華奢だの繊細だのという言葉が全く似合わない。とにかくそんな印象だった。 「さっきからずっと、僕を見ていますよね」 赤信号の前で立ち止まった時、露伴はそう言って得意気な表情を向けてきた。挑みかかってくるような目に、思わず身構える。 「まあ無理もないか、僕の女装は完璧だし。すれ違う男共も、みんな僕に釘付けですからね」 明らかに違う意味で注目されているんじゃないかと指摘したら、どんな反応を見せるだろう。面倒なことになる気がするので黙っておくが。 この町に着いてからも、歩き方やその他の仕草などを『指導』してきた。最初は露伴の熱意に応えられるか不安だったが、時間が経つにつれて面白くなりつつあった。 まるで自分好みの女に育てているという気分になる。 買い物などの別行動の後も、いつの間にか露伴のほうから指を絡めてくるようになった。もう教えることは何もないというところまで到達している。 腕時計を見ると、夕方の6時を過ぎていた。 「時間経つの、早いですね」 「そうだな」 「承太郎さんが色々教えてくれたおかげで、良い漫画が描けそうですよ」 このまま電車に乗って杜王町に戻った後は露伴と別れて、滞在しているホテルにひとりで帰る。露伴はもう、そんなふうに女の格好をして現れることもないのだろう。 化粧で濃くなったその顔立ちも見慣れてきて、違和感なく過ごせるようになったのに。 駅が近付くにつれて、あれだけ饒舌だった露伴が無口になってきていた。何かを考え込んでいるらしく、声をかけても反応が遅れたりと様子がおかしい。 「今日が終わるまでは、僕に付き合ってもらえるんですよね?」 「……ああ、約束だからな」 「じゃあ、杜王町に着いたらあなたの部屋に行ってもいいですか」 予想外の発言に驚く。露伴のほうも、承太郎と別れるのは惜しいと思っているのだろうか。 町や電車の中ではなく、今度は密室でふたりきりになる。 杜王町に着いて駅から出たところで、顔見知りの男に出会った。 「あれっ、承太郎さん。偶然だな」 独特のアレンジを加えた学生服を着た噴上裕也が、軽い調子でそう言いながら歩み寄ってきた。いつも彼のそばに居る女達の姿はない。 露伴は裕也を見て眉をひそめた。この男とは結構な因縁があるらしいので、無理もないが。 「俺はこれから遊びに……って、おお!?」 裕也は承太郎の隣に立っている、女装した露伴に気付いた途端にものすごい勢いで食いついた。よほど興味がわいたのか、かなり近い距離で凝視している。 「あんた、この町の人? こんなに目立つ女、俺がチェック入れてないはずが」 そして予想通り、露伴の匂いを嗅ぎ始めた。それを見て嫌な予感がしたらしい露伴はさりげなく身を引いたが、遅かったようだ。 「この匂いどこかで……ま、まさかあんた! 岸辺ろは」 その名を最後まで言い終わらないうちに、裕也の頬がまるで本の1ページのようにめくれ上がった。一瞬の出来事だったが、ヘブンズドアーが発動した時に露伴の長い髪が、 風に煽られたかのようにふわりと舞った。女の格好をした露伴が、この時初めて美しく見えた。気のせいだろうか、いや、違う。 アスファルトの上に尻をついたまま動けなくなった裕也に、露伴がブーツの踵を鳴らしながら近付く。 「いや、びっくりしたけど言いふらしたりしないからさ、そんな怖い顔すんなって! 趣味ならしょうがねえし、な!」 「これは趣味じゃない! お前の記憶、ちょっといじらせてもらうぞ!」 「や、やっぱりそうなるのかよ!」 「今日の僕は上機嫌なんでね、優しくしてやるよ。運がいいぜ……お前」 今の露伴はまるで、満身創痍の獲物をじわじわといたぶる肉食獣だ。心底楽しそうに裕也を追い詰めていくその姿を眺めながら、承太郎はそう思った。 「あいつ……ついでに記憶を読んでみたら化粧が濃すぎるだの、女装するなら胸にパット入れとけだの、大きなお世話なんだよ。本当にむかつく奴だ」 ホテルに着いて部屋に入ると、露伴はすぐにソファに腰を下ろして裕也に対する不満を吐き出す。胸はともかく、化粧については承太郎も同じことを考えていたので密かに安心した。 あれから露伴は、裕也が駅前で見た全ての出来事についての記憶を消した。人の頭の中を自由に書き換える能力。もし悪用すれば、周りの人間を思い通りに動かすこともできるのか。 ある意味、恐ろしいスタンドかもしれない。 帽子と上着を脱いで露伴の向かい側に座る。外ではブーツを履いていたため見えなかった、黒いストッキングに包まれた両足は電車の中で教えた通りにきちんと閉じられていた。 会話がないまま数分経った。何かを言わなくてはならない気がして口を開きかけると、立ち上がった露伴がこちらに来た。そして承太郎の太腿を跨ぐようにしてソファに膝をつく。 すぐにでも唇が触れ合いそうな距離まで、顔が近くなった。 「何をするつもりだ?」 「日付が変わらないうちに、今日の復習を」 「復習、か」 「承太郎さんさえ良ければ、このまま……」 囁き声に、心が揺れる。ワンピースの下の固い胸を押し当てられ、互いの身体が密着した。 |