ルームサービス/前編 杜王グランドホテルのスイートルーム、そこは杜王町にあるホテルの中でも特に一線引かれた場所だった。 絢爛な調度品や重厚なアンティークの家具、賓客待遇の対応、何より海沿いの立地が最上階のスイートルームから見える景色を宿泊者の胸に残す。 朝方の水平線からの日の出や、夕焼けが海の中に沈み込む瞬間は息を飲む者も多い。 今はその大自然が生んだ鮮やかな茜色もすっかり消え、仄暗い空に薄っすらと光る月の下で、波の殆ど立たない夕凪の海が広がっていた。 パノラマサイズの窓から見える目の前の景色を殺さない様に控えめにした照明の中、スイートルームにはベッドと見紛うサイズのソファーと共にテーブルは眺望のいい部屋の中でも特に夜景の一望出来る場所へセッティングされていた。 テーブルにはグラスと前菜らしき皿が白いテーブルクロスの上に几帳面に配置されている。 しかしディナーのルームサービスをセッティングし、そして未だいる筈のボーイの姿は無い。 普通ならばボーイがワインやシャンパンを注ぐのだが、今この時間に無粋なだけのソレはこの部屋の宿泊者が遠慮していたのだ。 したがって部屋には、元来見計らってグラスに注がれるボトルと、運ばれる筈の一皿一皿を乗せているワゴンのみが銀食器の光沢を放ちながら佇んでいる。 その、如何にも誰かの訪問を待ち侘びる部屋の模様に、以前から腰かけていた一人の青年は何処か老練な様子で笑った。 周到に用意されたスイートルームの椅子に悠々と座る若く豊かな体躯、美しいと評されるに十分な彫りの深い精悍な顔を持つ男はこの部屋の宿泊者であった。 見目の年齢から見るとスイートルームの宿泊者としては違和感を感じそうなものだが、青年は抜群の容姿と体躯を持ち合わせているだけでなく、何処か有無を言わせない威圧感を漂わせており、誰しもが納得せざるを得ない何かを感じさせる。 そんな際立った青年がぼんやりと景色を見詰めながら待ち人の訪問に耳を傾けていた。 チラリと時計を見る、未だ約束の時間には余裕がある。 ”待ち人来たらず さわりあり。”とするには幾ら何でも早過ぎるだろう。 自分の思考にプッと青年が噴き出しそうになった矢先、機械音と共にカチャリ…ドアノブの回る音がした。 今この部屋のカードキーを持つのは自分ともう一人、解錠音が聞こえたならば此方は笑顔で迎えるだけだ。 「いらっしゃ〜い、待ってたよん!」 「…お邪魔します。」 親密さの濃い部屋の主の声に続き、それよりも幾分丁寧な敷居を跨ぐ口調が返された。 慣れた様子で部屋の中へと向かう訪問者は部屋の主とは対照的な容姿だった。 筋肉はあるが脂肪の無い筋張った肢体と無機質なほど白磁の肌、顔立ちは端正だが冷たく高慢な印象を与える。 男にしては赤味の強い唇が一層気位の高さを疑わせた。 青年の逞しく豊かな体躯と人好きのする精悍な顔立ちとは真逆で、一体如何して対極にいそうな二人が知り合ったのか疑問に思うものさえいるだろう。 しかし訪問者である彼の人となりを知っている人物であれば一層驚愕したに違いない。 青年が迎えた彼の名は岸辺露伴、若干20歳にして漫画界を背負って走る彼はその年齢にそぐわない知名度や財力以上に、非常に高慢で偏屈で厭人的で、且つ奇矯な行動を取る事で有名な男だった。 そんな露伴は見知った相手であっても馴れ馴れしい態度を取ろうものなら、あからさまに眉を顰めてとっとと帰って仕舞うか、激怒してスタンド能力を発動させて仕舞い兼ねない。しかも自分より年下のソレには特に。 彼が親友と言って憚らない小柄な少年以外で親密な態度を許される人物など、露伴を知る人物の間でも浮かび上がっては来ないのだった。 しかし現実、露伴は嫌う筈の馴れ馴れしい位の好意的な出迎えを受けている。 寧ろ男は相手の慇懃な言葉に対し、不機嫌そうに眉を顰めた。 「お邪魔じゃないったらぁ、第一俺が露伴君の事招いたんじゃん。」 「日本の形式的な挨拶だと思って下さい、ジョースターさん。」 露伴は普段の高慢な態度からは想像が付かない程やんわりとした口調で、一見自分よりも若く見える男に対し”ジョースターさん“と彼が唯一人にしか言わない呼称で呼んだ。 ”ジョセフ・ジョースター”、その名は世界有数の不動産王として君臨し続ける本来なら80近い年齢の人物のもので、黒紫色の瞳に映る相手の姿は如何見ても80手前の老体には見えない。 しかし男は正真正銘露伴が尊敬に値すると認めたジョセフ・ジョースターだった。 若々しく隆起した肉体は勿論高齢には見えず、尚且つ本人曰く18歳の頃の体だと言う、誰もが羨む肉体美を有している。 何故ジョセフがその様に全盛期の肉体へと変貌したのか、そして老いて穏やかになった性格までもが若い頃のラテン的な性格へと舞い戻ったのか、それらは心の扉を開く事の出来る露伴にも分からず仕舞いだ。 しかもこのジョセフは、何時如何なる時も若い頃のままと言う訳でもなく、老人に戻ったり、若くなったりを繰り返す。 しかも老人に戻ると若くなっていた時の記憶は総てリセットされる。一方で若い時は老体時の記憶も以前若くなった時の記憶もその総てを持っていると言う非常に奇怪で遣り辛い精神構造であった。 そういう複雑な事情を踏まえている為に口外する事も叶わず、その事実を知る者は親族である承太郎・仗助と、そしてスタンド能力の特性と偶然から知った露伴の3人のみである。 そして更に露伴は、親族である承太郎と仗助にも漏らす事の出来ない秘密をジョセフと結んでいた。 「違う〜、今は”ジョセフ”でしょ?折角今から恋人と逢瀬を楽しもうってのに〜。」 ジョセフは若い表情でぷぅ〜と頬を膨らませ、つれない露伴を非難する。 男の言葉の中の恋人とは岸辺露伴その人の事で、詰まり彼らは同性の身でありながら恋人同士だった。 若いジョセフは息子や孫の前でも平然と同性の露伴を白昼堂々、何度となく口説いた。(それが息子と孫の反感を買った事は言うまでも無い。) 軽々しく見せるその態度に軟派な言葉に初めは驚き、次に呆れた表情で相手にしていなかった露伴であったが、ジョセフがふと折に見せる真摯な眼差しと、熱を帯びた声色に動揺を隠せなかったのは明らかだった。 更に回数が重なるにつれ、何時の間にか自分も相手を見る目に熱が籠っている事を露伴自身も自覚せざるを得なかった。 そして遂にジョセフから正式な告白を受けた時には露伴は自身が初めて持ち得た、焦燥感にも似た身を焦がす様な恋慕の念に身を委ねる事を決意した。 今もそれは変わらず、寧ろ一層その契りは強く結び付いている。 変わって行く自分と変えられて行く自分に対して密やかな笑みさえ零れて仕舞う位に。 「お互い様ですよ、貴方だって僕の名前に君付けしたでしょう?」 ジョセフへ告げる丁寧なその言葉に罪悪感はけほどもなく、挑発的な響きさえ帯びていた。…いや、事実彼は挑発しているのだ。その平滑流暢 な口調で性的に濡れた唇を持ち上げながら。 ジョセフは彼の滑らかで長い手を掴み、そのまま自身へ引き寄せた。 「もう〜露伴ってば可愛くない事言っちゃって、」 エメラルドグリーンの瞳を愉快そうに細めて言葉を切り、手首の繋がりを保ちながら、もう片方の手で引き寄せた白い体を弄る。 男の性的な触れ合いに細い首が仰け反ると形良い唇はその滑らかな曲線を上り詰め、耳朶を噛んだ。 ”…悪い子。” 肉薄させた唇が囁く、笑みを含んだソレは非難と言うより寧ろ睦言だった。 熱い吐息と共に耳朶へ当たる微かな唇の感触に白い体はうっとりと震え、そして蟲惑的に微笑んだ。 「ええ、とても悪い子なんですよ。…貴方のせいで悪い子になったんです。」 普段ならばどれほど社会的に成功した目上の者であろうと自分を軽んじる発言を許すはずのない青年は、しかし随分甘やかな声でジョセフの言葉に形ばかりの非難をし、相手の言葉に寄り添った。 クスクスと喉を鳴らしながら見目は自分よりも若い男の顎を白く長い指で撫で上げる。 「だから責任持って僕の悪戯に付き合って下さいね…ジョセフ。」 シュル…ッ 男の手からすり抜けた白い手がその首に巻かれた薄手のスカーフを床へと舞わせた。 相手の滑らかな指の愛撫を感じ、その求めを理解したジョセフは美しいエメラルドグリーンの瞳を細め、彼の服に手を掛ける。 ”…ホントに悪いコだ。” 露伴の卑猥な誘いにそう耳元で呟いて、紅い唇に自身のソレを重ねた。 先程まで物静かに景色と同化していたスイートルームは恋人の訪問により陶器と金属のぶつかる行儀のよろしくない音と妖しく悦楽の籠もった忍び笑いで満たされていた。 互いの瞳に映る相手の姿は逢瀬に相応しいものではあるが、食事をする上では甚だ原始的な姿…一糸纏わぬ裸体で二人は食事を楽しんでいた。 一口含む都度露わになる自分と相手の筋肉の動き、官能的に濡れて血に満たされる唇、欲情する本能と、更に相手を欲情させてやりたいという淫らな大脳新皮質の慟哭に身も心も甘やかに焦がされて行く。 食事によって淫猥になる思考は何よりも性交渉を求めるが、食事を止めて仕舞ったら今享受する焦れったい疼きはきっとなくなって仕舞うだろう…求めてしまいたい、しかし軽々しく貪って仕舞うには惜しい、相反する気持ちが胸に体に緩やかな蜷局を巻いて締め付ける。 その感覚が身震いするほど堪らない。 紅い唇は籠もる熱を霧散するように溜め息を漏らし、男の美しい瞳を挑発的に見詰めた。 眼光強い瞳のまま男に肉薄し、露伴はサラダの中央に乗るソフトボイルドされた半熟卵を品無くその口に含んでジョセフの唇へと自身の紅い唇を重ねていく。 「ん…ッ、」 どちらともつかぬ睦言の旋律が互いの耳に反芻する。 まるでアイスクリームを舐める様に互いの舌で柔らかい卵を転がし合いながら不便な口付けを味わった。 白身の冷たい感触と熱を帯びた相手の肉の味が舌先で広がる。 露伴は身を委ねる形で豊かな体躯に乗り上げ、積極的な口腔内への愛撫を繰り返した。 二人の口腔内を隔てる半熟玉子を舌で軽くジョセフの内側へと押し込み、反射的に口を開くしかない相手の口の中を犯す。 唇を唾液で濡らし、白い歯の並んだ歯茎をねっとりと嘗め上げた。 ピクリと喜悦に震える隆起した筋肉、その肉感的な振動を白い手が弄りながら、露伴の舌の動きは淫らさを増して行く。 赤味の強い肉が敏感な歯茎の裏側を削り取る様にざらりと食み、卵と共に柔らかな内膜を突き上げた。 「…ぅ、ンッ!」 男らしい通った鼻梁から籠もった喘ぎ声が漏れる。 ぶつりと割れた半熟玉子、その実から黄身がトロリ…と二人の口腔へ溢れた。愛撫で溢れた唾液と黄身が互いの唇を汚し、余韻に震える顎を濡らす。 「フフ…卑猥な顔…。」 どっちの方が、と非難してやりたくなる程淫猥で、しかし端正な顔が甘く淫らな言葉を投げ掛けた。 露伴は男の様子に薄っすらと紅い唇を綻ばせながら、舌平目の白ワイン蒸しをフォークで掬って割れた腹筋を取り皿にした。 ポトリと触れる食材、後に続くのはそれを食むねっとりとした舌の感触だった。 「ン…ッ、」 舌平目のふんわりとした焼き上がりが皮膚越しからも感じられる。 時折腹筋に当たる白い前歯の硬い感触が、まるで食まれているのが自分自身の様な歪んだ錯覚をジョセフに与えた。 睨み上げる様な上目遣いでピチャピチャと舌や歯、唇で脂の乗った舌平目を咀嚼する恋人の痴態に肉根は痺れて痛い位にその質量を増す。 その淫らな主張は露伴の肌へと直接的に届いていた。 「ァッ…ん、フフッ、硬いのが当たってる…熱い。」 「冷まして差し上げましょうか、ジョセフ?」 残りのソースを卑猥に舐め上げ、ワゴンで運ばれていたシャンパンクーラーに入ったモエ・エ・シャンドンの口先をひょいと持ち上げながら蟲惑的な表情で紅い唇は綻んだ。 ギラギラと煌めく紫がかった黒色の瞳はその衰えを知る事は無い。 とことん悪戯に焦らす積もりなのだろう。際どい色気と淡い瞳に灯る男っぽさが入り混じる鋭い目元を見ているだけで、焦燥感と期待に背筋が疼いた。 此方を喰い尽さんばかりの恋人の、さながら淫獣の様子にゾクゾクする…。 これから何をされるかは想像に容易い。エメラルドグリーンの眼前で白く器用な指は慣れた手つきでコルクを抜き、氷水で冷やされたシャンパンをトクトクと、グラスにではなく男の張りのある下肢へと注ぎ始める。 予期できたとは言え、シャンパンの冷たさと泡立ちにジョセフは堪らず呻き声を上げた。 「アッ、ク…、」 緑掛かった透き通る淡い黄色が、炭酸のきめ細かい泡と独特の醸造香を立ち込ませながら、ジョセフの股を卑猥に濡らした。 シャンパンから漂う果実の酸味と花の香りに生々しい肉の味と精液の匂いが混じり、特に泡立ち細かく舌触りの良いモエ・エ・シャンドンは男のペニスを酷く刺激的に彩る。 すり… 露伴は自身の滑らかな頬を熱を帯び始めた肉茎へと擦り寄せ、まるで股旅を与えられた猫の様に男のペニスを撫で上げる。 ”ン…ッ!”与えられた刺激と眼前の淫猥な情景に形良い唇からは声が漏れた。 ジョセフは露伴の淫靡な表情を熱っぽく見詰めながらその艶やかな黒髪を指に絡め、ぐいと自分の股間へと唇を肉薄させた。 露伴は男にされるがまま、寧ろ喜々として熱く滾った男のものを口腔内に含んだ。 「ンッ!グッ、ぅ…」 口腔全体で深く呑み込まれ、白い顎が上下に艶めかしく動くと、シャンパンのスパークリングが敏感な薄皮の上でプチプチと潰されて行く。 その感触に引き締まった男の臀部が僅かに仰け反ると同時に、肉茎を咥え込んだ紅い唇がぬるりと吐き出し、舌先でねぶる様に亀頭を愛撫した。そしてまた男をすっぽりと咥えて唾液とシャンパンで滑った上顎に肉茎を擦りつける。 偶に先端に当たる喉チンコの感触が真剣にヤバイ…エメラルドグリーンの瞳には薄っすらと悦楽の涙の膜が張られていた。 男の性器が尿道括約筋をブルブルと小刻みに震わせ、精液を尿道内で上下させている。頬の内側から伝わる生々しい興奮に露伴は雄々しいソレの限界が近い事を知った。 |