「最近のママ、元気ないの」 露伴の服の裾を掴みながら、徐倫がこちらを見上げてくる。 あまり深いところまでは理解できなくても、両親の雰囲気がおかしいことは何となく分かっているようだ。彼女はまだ幼いが、他に関しても勘は鋭い。 「パパともあまりお話してないみたいだし、何かあったのかな」 事情の全てを説明するわけにもいかず、しゃがみこんで目線を合わせた露伴は徐倫の頭を優しく撫でた。これが今の自分にできる精一杯だった。 いつまでも主人を部屋の外に立たせてはおけない。妙な胸騒ぎはしたが、夜中にわざわざ遠く離れた使用人の部屋を訪れてきた承太郎の用件が気になり、中に招き入れる。 館の住人の部屋や客間に比べると狭く質素な部屋だが、ほぼ寝る時しか使わないので充分だ。ベッドのそばにある机には数冊の本、そしてスケッチブックと画材を置いている。 仕事を全て片付けた後、時間に余裕があれば絵を描くためだ。 「一度ベッドに入ったんだが、眠れなかったんだ。少し付き合ってくれ」 「ぼくに何ができますか」 知らない振りをして問いかけてみたが、目の前にいる承太郎の表情を見れば明らかだった。単なる話し相手としては求められていない。一度でも唇を重ねた人間の部屋に、 人目を忍んで訪ねてきた時点でそんな予感はしていたのだ。 静かな部屋で見つめられているだけで身も心も全て任せたくなる、彼にはそんな不思議な魅力があった。それにやられたのは多分、自分だけではないはずだ。 急に抱き寄せられ、耳や首筋に唇が降りてくる。熱い息が漏れそうになるのを堪えていると、服の裾から入り込んできた手のひらが背中に直接触れた。そこで我に返る。 露伴は承太郎を突き飛ばし、正面から睨んだ。 「ぼくはあなたの愛人になるつもりはありません。奥様やお嬢様に顔向けできなくなると仕事に差し支えます」 黙る承太郎に、露伴は更に続けた。 「あなたは奥様との件で疲れていて、心に開いた穴をぼくで埋めようとしているだけです。愛とか恋とか、そんなものは最初から存在していない。承太郎さんにとっての ぼくは、都合の良い時に利用できる相手でしかないんだ」 「……露伴、おれは」 「どうしても眠れなくて辛いなら、使用人としてご奉仕しましょうか。旦那様」 急に呼び方を変えて、露伴は今まで口にしていなかった奉仕という言葉で挑発した。 身体を繋いでしまえばもう、ただの使用人ではいられない。求められるたびに拒めず、許されない間違いを重ね続けてしまう。なのでこれ以上、爛れた関係にならないように線を引いておく必要があった。 「身体は差し出せませんが、口や手を使って慰めるだけなら何度でも」 そう呟いて目を伏せ、承太郎の股間に手を伸ばす。まだ反応していない性器に触れかけると、強く手首を握られて阻まれた。鋭い視線で射抜かれて、心臓が冷える。 「お気に召しませんでしたか、ぼくの忠誠心」 「馬鹿にしてやがるのか」 「提案をしただけです」 淡々とした調子で答える露伴の手首を離した承太郎は、何も言わずに背を向けて部屋を出て行った。再びひとりになると、露伴は立っていられなくなりベッドに倒れこむ。 肌に触れた、手の熱さがたまらなかった。あの逞しい身体に組み敷かれて、猛った性器で激しく犯されたい。立場も理性も全て振り切って、自分を保てなくなるほど揺さぶられて、 最後は溢れんばかりの精液を奥までたっぷりと注ぎ込んでほしい。他の男の味を知らないこの身体が、いきすぎた想像だけで疼いて落ち着かなくなる。 枕に頬を埋めて、小さな声で承太郎の名前を呼ぶ。ここで働き続けるなら、欲しくてどうしようもない気持ちを隠しながら過ごすしかない。 next back 2011/10/9 |