続 ・ 何もなかった顔で/前編





仗助の様子がおかしい。
そう思い始めてから数分の間にも、仗助は暗い顔を何度も見せた。まるで憂鬱なことを思い出しているかのように。 目を伏せて、ため息をつく。そんな表情を延々と見せられては、こちらも知らないふりはできない。こうして話しているのも嫌なのかと思ってしまうからだ。

「仗助、僕に隠し事は無意味だぞ」
「……え?」
「何を考えてるんだ、さっきから」

少し苛立っていたので、無意識に尋問のような厳しい口調になる。露伴はソファの上で足を組み直し、正面に座っている仗助を見つめた。 仗助は苦笑いを浮かべた後で素直に、すみません、と謝ってきた。

「ちょっと最近忙しかったもんで、疲れてたんだと思います」
「疲れているのに、僕の家に来て大丈夫なのか」
「あんたに……会いたかったので。何だか今日、急にそう思って」

どこか弱さを感じさせるような視線を向けられ、しつこく追及する気が失せてしまった。そんな顔になるほど何が忙しかったのかは知らないが、それでも会いたかったと 言われて、悪い気はしない。それでも昔のように、何か言われると強気で反撃してくるくらいの仗助のほうが好ましいので、今の様子は調子が狂う。

「僕と居る時は、僕のことだけを考えていればいいんだ」
「ははっ、確かにそうだ。そうっスよね」

そう言って微笑むが、今にも泣き出しそうな目をしている。言葉でけでは何もかもが足りないと思い、仗助の隣に移動して腰を下ろした。こちらを向くように言うと、 視線を合わせてきた仗助の目蓋に軽く唇を押し当てる。唐突な行為に驚いたのか、仗助の肩が少しだけ跳ねた。
今日は香水を付けていないのか、いつもの爽やかな香りがしなかった。その分、仗助の本当の匂いがするような気がして気分が煽られていく。

「お前は少し前に、不安があるなら全部ぶつけて来いと言ってたよな。でも僕にばかりそれを要求するのはおかしい」
「何が言いたいんスか……」
「今、何か不安があるからそんな顔をしてるんだろ。それを僕に教えろと言ってるんだ」

力になれるかどうかは別として、話を聞くことならできる。根深く渦巻いているものを自分の中だけに閉じ込めておいては、いずれ毒となり身も心も全てを蝕む。 他人のことをここまで気にして、踏み込もうとするのは初めてだ。それほど仗助に夢中になっているということか。本当に気になって仕方がない。
仗助は何も答えず、露伴を抱き締めるとそのままソファに倒れ込んだ。あまりにも突然のことで、今度はこちらが驚かされる。

「今あんたに、すっげえ触りたい気分なんだけど……いい?」

先ほどの脆い姿はまるで夢だったかのように、仗助は低い声で囁いてきた。息の熱さを耳に感じて、ぞくぞくと身体の奥が痺れる。普段はじれったいほど奥手で、必要以上 に触れてこないせいか刺激に対して余計に敏感になってしまう。
拒む理由は見つからない、むしろ探す気にもなれない。こちらから強引に迫ると仗助は引いてしまうので、 これは良い機会だった。仗助は返事を待たずに露伴の服の裾から両手を入れ、腹や胸元をそっと撫でる。大きく固い手のひらの感触が心地良かった。
その指先が乳首に触れた途端、息を乱してしまう。仗助は露伴の顔から視線を外さずに、そこを指先で軽く引っかいたり摘まんだりして反応を窺っている。感じている 表情を観察されて、たまらない羞恥で身体が熱くなった。
仗助が落ち込んでいた理由を追求する余裕は、すでに消し飛んでいた。

「気持ちいいんだ、ここ……良さそうな顔してるもんな。触られたのって、初めて?」
「お前以外には、誰も」
「そうか、俺以外の奴には触らせてねえんだ。あんたは大人だし、慣れてんのかと思ってた」

世間の20歳がどれだけ経験豊富なのかは知らないが、自分は唇を重ねたのも抱き合ったのも仗助ひとりだけで、行為自体にも慣れているとは言えない。 それでも余裕は見せたかったので、今までそれを口に出すことはなかった。事実はともかく、常に優位に立っていたかったのだ。少しでも弱みは見せたくない。 そんな想いも、こうして触れられていると崩されてしまいそうだった。
服を捲り上げられ、すっかり固くなった乳首を濡れた舌で転がされると、我慢できずに声が出てしまった。鋭い快感に理性を抉られ、壊されていく。 強く吸われ、軽く歯を立てられる。乳首を濡らしていた唾液が胸を伝って、ソファに落ちていくのが見えた。恥ずかしい声を止められないまま、仗助にしがみついた。
太腿に押し付けられている仗助の股間が、布地越しでも分かるほど固くなっている。露伴はそれを刺激するかのように足を動かすと、仗助が小さく呻いた。

「なあ露伴……俺、おかしくなっちまう」
「どんなふうに」
「もう少しあんたと一緒に過ごして、気持ちを確かめてから抱きたいって思ってたのにな」
「そんなのもう充分だ、僕はこれ以上待たされるのは御免だね」
「でも、あんたは痛いだろ……その、俺が中に入る時に、さ」

切実に訴えかけている様子に、露伴はただならぬものを感じた。受け入れる立場のこちらを心配しているのかもしれないが、まるでその痛みを知っているかのような。
それは考えすぎだろうか。この雰囲気に流されて、きっと自分もおかしくなりかけているのだ。仗助の全てを手に入れたくて、ずっともどかしい気分を味わっていたせいで。

「痛くても僕は、相手がお前なら耐えられる。余計な心配はするな」

仗助の頬を撫でながら、なだめるように言った。自分は男なので、女のように自然に受け入れるような身体ではない。相当の苦痛があるはずだ。しかしそれを乗り越えられる 覚悟はできている。それを望む気持ちはもう止められない。

「ろ、はん……」

露伴の手が、こぼれ落ちてきた仗助の涙で濡れた。肩を震わせながら、辛そうな表情で。今の状況でそんなふうに泣く理由が分からない。これも仗助が抱えている不安に 繋がっているとしたら、かなり根が深いものではないかと思った。仗助の涙は止まらず、先ほどまでの行為が再び始まる気配もない。
頬に触れていた手を離すと、スタンドを発動させた。これだけはしないでおこうと思い、自ら封じていた手段だった。気を失い倒れ込んできた仗助の、本のページのように 捲れている頬の一部に目を通した瞬間、露伴は絶句した。
信じられないものを、考えもしていなかった事実を知ってしまった。あまりにも酷いので否定したかったが、こうして読んだ記憶に嘘は存在しない。 何者かが特別な能力で書き加えたりしなければ、紛れもない事実しか書かれていないのだ。この部分の記憶は、誰かの悪意で書きこまれたものとは思えなかった。

「どうして、こんなことを」

ジョースターさん、と震える声で呟いた。頭に浮かんでいるのは赤ん坊を抱いた老人ではなく、この時代にその姿で存在するはずのない、仗助そっくりの若い男だった。
青年のジョセフ・ジョースターが、息子である仗助の身体を弄んだ。しかも仗助は露伴を守るためにその横暴を受け入れ、心から笑えなくなってしまうほど傷付いた。 そんな目に遭った後に、何もなかったような顔でここに居られるはずがない。
無理に口を割らせなかったことを、むしろ良かったと考えた。こんな事実を口に出した仗助は更に傷付き、それを聞いた露伴自身もどうなっていたか分からない。
とにかく全てを確かめなくては。今すぐにでも向かう場所は、すでに決まっていた。




後編→

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2009/11/6