CURIOUS/1





「だから絶対、あいつの仕業だって! それしかねえだろ!」

宿の廊下を歩く承太郎の横で、ポルナレフが怒りの形相で騒ぎ立てる。
うっとおしいぜ、と普段通りに言い放つ心境ではなかった。顔には出さないだけで、承太郎自身も混乱しているのだから。ひたすら2階の奥にある部屋に向かって歩き続けた。
最初は承太郎ひとりで部屋を出て、外で壁にもたれかかって煙草を吸っていた。吸い慣れているはずの煙草を持つ指を、かすかに震わせながら。 もう少しで吸い終える頃に、宿から出てきたポルナレフに発見された。こんな時に余裕かましてんじゃねえよ、と胸のあたりを掴まれて、短くなった煙草は地面に落ちた。
仲間達が混乱する中、ひとりになって考えを整理したかったのだ。そんな言い訳をする気も起きないまま、承太郎はポルナレフの手を振り払うと再び宿に戻って、今に至る。

「俺達にボコボコにされた腹いせに、追いかけてきやがったんだ。執念深い野郎だぜ」
「当分動けねえようにしてやったんだ、それはねえな」
「じゃあ、お前はどう説明すんだよあの状況を!」

すぐに説明できるくらいなら、どんなに楽だったか。目当ての部屋にたどり着いた承太郎は、ドアを開けて中に入る。
ふたつ並んだベッドの片方にはアヴドゥルが、そしてもう片方には、体格の良い男が足を組みながら座っている。覚えのあるあの帽子を目深に被り、顔は見えない。

「おいアヴドゥル、そいつは本当に」
「今まで彼から話を聞いていたが、間違いなく本人だ。我々のことを知りすぎている」
「そんなの分かんねえだろ、どこかで俺達をずっと見張っていたら……」

騒ぐポルナレフをよそに、アヴドゥルは承太郎に視線を動かす。

「このままじゃ何の解決にもならない……お前も確かめてくれ、承太郎」

承太郎は何も言わずに、帽子を被った男に近付く。男の口元に笑みが浮かぶ。優しげなものではなく、この状況を楽しんでいるような、たちの悪い種類のものだった。
男が被っている帽子のつばを持ち上げ、それを脱がす。帽子で押さえられていた黒髪は上に向かって跳ね上がり、そして顔立ちはかなり昔に見た写真と一緒だ。

「ちょっとは冷静になったかな? 承太郎ちゃん」
「そのツラを見て、また最悪になったぜ」
「そんなに嫌わないでよ、おじいちゃん泣いちゃう!」
「……てめえ」

完全に舐められていると感じた承太郎は、帽子のつばを握った手に力を込めた。それを見たアヴドゥルが呆れたように、

「逆効果だったか……とにかく、そうやって承太郎を挑発するのはやめてください。ジョースターさん」

アヴドゥルに名を呼ばれた男は、愉快そうに目を細めた。
この、どう見ても20歳前後の若い男。認めたくはないが、どうやら承太郎の祖父であるジョセフが何かのきっかけで若返り、その姿でここに居る。まだ娘や孫の存在すら 知らないはずの年齢まで戻っても記憶が残ったままだということは、以前遭遇したスタンド使いの仕業ではない。
だとすれば余計に厄介だ。解決策が思いつかない。


***


最初に発見したのは、ジョセフと同じ部屋で寝ていたアヴドゥルだった。
朝を迎え、先に目覚めたアヴドゥルがジョセフを起こそうとして身体を揺すった直後、布団の下から現れたのは見知らぬ若い男の寝顔だった。驚きながらも問い詰めたところ、 男は自分をジョセフ・ジョースターだと名乗った。そして娘を救うためにここまで旅をしてきたこと、そして仲間しか知らないはずのちょっとした話の内容まで、完璧に把握していた。 肝心のスタンドも発動させた時点で、アヴドゥルは男がジョセフ本人だと認めるしかなかったようだ。
しかしいくら男がジョセフであると証明されても、承太郎はその姿を見るたびに違和感ばかりで納得できない。
こいつは自分が知っているジョセフではない。小さい頃から可愛がられているうちにいつの間にか許されない想いを抱いて、深い関係を望んだ承太郎を受け入れてくれた祖父 とは、全くの別人だ。

「なーに考えてんの、承太郎」

背後から突然名前を呼ばれた後で、耳に息を吹きかけられた。びくっと身体を震わせて振りかえると、例の男がにやにやと笑いながらこちらを見ていた。 今夜はこの男と同室になってしまい、朝までふたりで過ごさなくてはならない。

「昔はさ、俺が日本に来たらすげえ喜んでくれてさあ。帰る時は、おじいちゃん行かないでえーって泣いてたのに。今じゃ愛想のかけらもないのねえ」

この男に、昔のジョセフとの思い出を得意気に語られるのが腹立たしい。好きになったのも、心の底から欲しいと思ったのもお前じゃない。ダサいだの何だのと文句を言いながら もジョセフのシャツや帽子、ズボンをこの男が身に着けているのも気に食わない。

「お前は面白くないかもしれないけど、こうなったもんはしょうがねえじゃん」
「俺はそんなに簡単に割り切れねえんだ、てめえは能天気で羨ましいぜ」
「じじいのものになりてえ、って言ってた時のお前はあんなに可愛かったのに。なあ?」

承太郎の中で、怒りが熱く弾けた。それは確かに、自分がジョセフに告げた言葉だ。踏み込まれたくなかった部分をあっさりと侵されて、冷静さを失った承太郎は男に殴りかかった。
男は避けたり怖がったりする様子も見せずに、平気な顔をして立っている。承太郎が振り上げた拳は、男の目の前で止まった。

「どうした、殴らねえの?」
「バカバカしい……俺は寝るぜ」
「あっれー、逃げるんだ。情けねえ奴」

男はそう言うと、わずかな隙をついてスタンドを発動させた。いばらのツタが承太郎の両腕に絡みつき、背中のあたりで拘束する。手が出なくなった承太郎の肩を押して、 ベッドに突き飛ばした男は今も薄く笑っている。嫌な予感がした。

「解いてほしい?」
「……」
「でも、だーめ」

ベッドに転がった承太郎に、男が覆い被さってくる。
ジョセフが若返って別人のようになった原因も、一体これから自分はどうなるのかすらも。
知りたいことを答えてくれる者は、どこにも存在しない。




2→

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2011/5/16