CURIOUS/2 「眠れなかったのか、承太郎」 眉間を指で押さえながら深い息をついていた承太郎は、アヴドゥルの声で我に返った。 騒がしい町の中、朝の冷たい空気に触れていても意識は完全に目覚めていない。昨日は色々と信じられない出来事が重なっていたので、精神的に参っていた。 自分はこんなに弱かっただろうか。少々のことでは動じないはずだが、今回は別だ。 「あの野郎が一晩中うるさかったせいで、寝られなかった」 顔を上げた承太郎の視線の先ではあの男が、ポルナレフの肩に手をまわして何かを囁き合っている。先ほどすぐ近くを歩いていた時は、すれ違った女のスリーサイズを互いに 予想しては大盛り上がりだった。多分今も同じような話題だろう、くだらない。 男が片手に持っている食べかけのリンゴは、朝のフルーツがどうのこうのと言って店で買ったものだ。呆れるほどやりたい放題だ。 承太郎の両手首には、昨夜にスタンドで拘束された跡がしっかりと残っている。 あれから男にベッドに押し倒された後、今まで何度も抱かれていたせいですっかり敏感になった部分を執拗に愛撫され続けた。ジョセフしか知らない、知られたくないことを 把握されているのが気持ち悪い。身体の内側を全て焼き尽くすほどの屈辱、そして認めたくない快感。決して表に出さないように、息が震えないようにするのが精一杯だった。 男は散々、承太郎を翻弄した後で急に顔を上げると陽気に笑いながら『お前が可愛かったからイタズラしたくなっただけ』と言った。あまりにも悪ふざけが過ぎるので今度 こそ殴ってやろうと思ったが、愛撫の余韻が消えない身体では力が入らず結局そのまま意識を飛ばした。 アヴドゥルに本当のことを言うわけにはいかず、無難な嘘でごまかした。ジョセフとの深い関係まで説明しなければならないからだ。 「ジョースターさんはあの姿になっても、お前が可愛くて仕方ないんだな」 「やめろ、気色悪い」 笑えない台詞に舌打ちすると、男がこちらに向かって走ってくる。そして目の前まで来ると、真剣な表情で承太郎の両肩を掴んだ。 「なあ承太郎、ちょっと聞きたいんだけど」 「何だ」 「お前って巨乳派? それとも貧乳派?」 それを聞いた途端に承太郎は眉をひそめ、男を無言で睨みつける。しかしあまり効果はないようで、にやにやと笑いながら顔を覗き込まれた。 後から男を追ってきていたポルナレフが、苦笑しながら男と承太郎を交互に見る。アヴドゥルの引きつった表情にも気付かずに。 「マジで!? ジョースターさん、承太郎にそれ聞いちゃうのかよ!」 「いやー、だって興味あるじゃん! こいつだってお年頃だし!」 男はその姿になって、以前よりポルナレフと意気投合しているように見える。 くだらない質問には答える気にもならないので黙っていると、にやついていた男の表情が凍りついた。どう見てもそれは、承太郎をからかうための演技ではなかった。 「おい、どうし……」 「承太郎っ!」 突然、男がそう叫んだ瞬間に突き飛ばされた承太郎は地面に仰向けに倒れ、男もその上に覆い被さってくる。昨夜と似たような体勢だが、状況は全く違う。 目を開けて最初に視界へ入り込んできたのは、血に染まった男の左肩だった。白いシャツに赤い染みがじわじわと広がっていき、苦しそうな荒い息が聞こえてくる。 通りすがりの住人達が悲鳴を上げる。賑やかだった町は一転して混乱に包まれた。 「ジョースターさん!」 アヴドゥルとポルナレフが慌てて男を支え、ふたりでその身体を起こす。 「くそっ、一体何が起こったんだ!?」 「……これか」 ポルナレフが辺りを見回しながら動揺していると、アヴドゥルが地面にめりこんでいる何かを拾い上げた。太陽の光を受けて鈍く輝いているそれは、弾丸だった。 おそらく何者かが、背後から承太郎を狙って撃ったに違いない。しかしそれに気付いた男が承太郎を突き飛ばし、狙いがそれた弾が男の肩をかすめた。 前に遭遇した敵のスタンド使いを思い出したが、銃を持っている人間はこの世に数えきれないほど存在する。 「じょう、たろ……大丈夫か?」 男は薄目を開けて、弱々しい声で正面の承太郎に問いかける。ポルナレフに身体を支えられながら、自分の肩から流れる血にも構わずに。 「……俺より、てめえのほうが」 「いいんだよ、だってお前は俺の可愛い孫だからさ。護ってやるのは当然だろ」 目を細め、笑みを浮かべる男を見て承太郎は息を飲んだ。地面に尻をついたまま、爪が食い込むほど強く手を握り締める。 絶対に、有り得ないと思っていた。しかしこうして現実になってしまった。 この男に、ジョセフの面影がはっきりと重なったその瞬間が。 |