「これ、あなたの首にかけても良いかしら?」 いつもより背伸びした口調で、由乃がロザリオの鎖を広げて掲げる。 目の前にいる少女は真摯な眼差しで由乃を見つめながら、 「はい、お姉さま」 その瞬間、何かに浸っていたかのような表情から一転、由乃はカッと目を見開いて叫んだ。 「カーット!!」 「わっ、びっくりした!」 目の前にいる少女・祐巳は思わずひっくり返りそうになった。 そんな祐巳に由乃は人さし指を左右に振ると、 「ロザリオ授受の儀式が済んでから初めて姉妹になるんだから、それまでは『お姉さま』なんて言っちゃダメよ」 「姉妹ってそういうものだっけ……?」 ささやかな祐巳の疑問は聞こえているのかいないのか、由乃は「じゃあもう1回ね」と言って再びロザリオの鎖を広げた。 以前行われたリリアン女学園の体育祭からずっと、由乃の頭を占めているのは未来の妹のことだった。 自分の首にかかったロザリオを見るたびに、目星すらついていない妹を江利子に紹介する羽目になったことを 嫌でも思い出してしまうのだ。 約束の期限までに妹を作れず、江利子にバカにされる事態だけは避けたい。 だからこうして、薔薇の館で祐巳とふたりきりになった時は、ロザリオ授受の練習を行っているわけで。 ちなみにこの練習において由乃は監督と主演女優を1人で兼任するという、縦ロール頭の某1年生(演劇部)もビックリなエネルギーの持ち主だ。 そんなことをしている暇があったら妹を探せと突っ込まれそうだが、見つからずに途方に暮れているよりは前向きで良いだろう。 令からもらった大切なロザリオをあげてもいいくらい、可愛いと思える妹を選ぶ…… イタリアでそう誓ったことは、今でも忘れていない。 練習相手である祐巳の首にロザリオをかけるたび、思うことがある。 祐巳が自分の妹候補だったら良いのに。 もちろんそんなことは叶わぬ夢だとわかっている。 同学年で、しかも紅薔薇のつぼみである祐巳が、黄薔薇のつぼみの妹になるなど100%不可能だということくらい、 おそらく中等部の生徒だって知っていることだ。 それでも、もし祐巳が妹候補なら迷わずこのロザリオを……。 「由乃さん?」 ロザリオを手にしたまま立ち尽くしている由乃に、祐巳が声をかけてきた。 「なんだか悩んでるみたいだったけど……やっぱり妹のこと?」 「い、いや……何でもないの、ごめんね」 慌ててごまかしてみたものの、祐巳の指摘は間違ってはいなかった。 例え冗談でも、「祐巳さん、私の妹にならない?」なんて言えない。 もしそんなことを言ったら「私のお姉さまは祥子さまだけだから」という、非常に野暮な答えが返ってくるに違いないからだ。 ……だから冗談だってば。 想像の中で、申し訳無さそうな顔をする祐巳に向かって首を振る。 実際に言われたわけでもないのに、こんなに傷つくのは何故だろう。 目の前にいる祐巳の輪郭が涙で滲むまで、由乃は自ら生み出した幻覚に捕らわれて動けなくなっていた。 |