イエローカード騒動/1 薔薇のつぼみ達の直筆カードを探すという、新聞部主催の宝探し大会は終わりを迎えた。ゲーム終了を告げる放送に従い、由乃は中庭へ向かう。 結局、令のカードを見つける事は出来なかった。思い当たるところは全て探したはずだった。図書館では料理や手芸の本を片っ端から開いていき、武道館では畳の裏までチェックした。その場所に目を付けたのは自分だけでは無かったうえ、カードは見つけられなかったので徒労に終わってしまったが。 由乃は最初から、令の手書きカードや半日デートが目的で参加したわけではなかった。ただ、自分以外の誰かの手に令とのデート権が渡るのを阻止したかったのだ。もし誰かが令のカードを見つけていたら……そう思うだけで、まだ見てもいないその相手が憎たらしくて仕方が無い。まあ、誰も発見していないという可能性もあるわけで、由乃的には是非そちらのほうに期待したいところだ。 「あ、祐巳さん?」 中庭へ向かう途中に見慣れた後ろ姿を発見したので声をかけた。こちらを振り返ったその表情は、由乃を見た瞬間に青ざめて泣き出しそうになった。 「ど、どうしたの!? 何かあった?」 「由乃さん……」 具合でも悪いのだろうか。それとも祐巳も由乃と同じで、お目当てのカードを見つけられなかったのか。それならこの状態も納得が行く。どうやらよほど落胆しているらしい。落ち込んでいるのは由乃も同じなのだけれど、気分はむしろ不機嫌、不満のほうに近いかもしれない。 「大丈夫よ、私だって令ちゃんのカード見つけられなかったんだし」 慰めるつもりで出した一言だったが、直後に祐巳の肩が小さく跳ねた。それはまるで母親の仕置きに怯える子供にも似ていた。 意味不明なその態度に対して生まれた疑問はあったが、あえて深い理由は聞かぬまま、由乃は祐巳の背中を片手でそっと押してやりながら中庭へ出る。すでに参加者が集まっていて、ゲーム開始前とはどこか違うテンションに満ちていた。 皆さんお疲れ様でした、という三奈子の挨拶で結果発表が始まった。それによると発見されたつぼみのカードは2枚。という事は、発見されなかった残りの1枚は令のものである可能性も出てきた。勝った、と由乃は思った。 志摩子の白いカードを見つけたという静への優勝インタビューが終わり、発見された残り1枚のカードの行方が告げられようとしていた。紅か黄か。由乃の全神経が三奈子の持つハンドスピーカーへ集中する。横では祐巳が由乃に何かを言いたそうな素振りを見せていたが、その時の由乃にはそんな様子に気付く余裕は無かった。 「そして次は、黄色のカードを見つけた方ですが……」 告げられたその色に、由乃の身体から一気に力が抜け落ちていった。令のカードを見つけた者が居たのだ。しかし本当の意味での衝撃は、次の瞬間に訪れた。 「1年桃組、福沢祐巳さん」 静の時以上の大きなざわめきが巻き起こった。由乃は思わず祐巳に視線を移す。一体どういう事なの? という気持ちを胸に浮かべながら。 その場をなかなか動こうとしない祐巳を、新聞部の何人かが強引にその手を引いて、三奈子やつぼみの3人が並ぶ前方へと連れて行った。 「何と黄薔薇のつぼみである令さんのカードを見つけたのは、紅薔薇のつぼみの妹でした! 予想外の展開に我々も……」 由乃の耳はもう、スピーカーを通して音量が上がっている三奈子の声すらもすり抜けて行く。長い付き合いで令の事を他の誰よりも知っているはずの自分や、高等部に数多く存在する熱心な令ファンの生徒達にすら見つけられなかったカードを、まさか祐巳が。信じられない気持ちでいっぱいだった。 一方つぼみの3人は、祐巳の名前が発表されても少しも動じない。カードを見つけた者は事前に申請しているわけだから当然だが。 足が震えて崩れそうになった祐巳を、そばに立っていた令が支える。そんな光景に、あちこちから非難にも似た悲鳴が上がった。 祐巳さん本当は、令ちゃんのカードを……令ちゃんのことを。 あんなに近い存在だったはずの祐巳の心が分からない。 様々な感情が渦巻く中庭での祐巳との距離はあまりにも遠くて、由乃の心の叫びが届くはずも無かった。 |