イエローカード騒動/2 「令ちゃん、本当に祐巳さんとデートするの?」 宝探しの後、由乃は隣を歩く令に早速疑問をぶつけた。 本当は帰宅後にじっくりと問いただすつもりだったが、帰り道の時点でもう待ちきれなくなっていた。 令はあの宝探しの結果に納得しているのだろうか。終わった事を今更とやかく言ってもどうにもならないというのは 分かっているのに、令の本心が聞きたくて仕方が無い。 祐巳はどんな気持ちで、令のカードを提出したのだろう。 祥子はどんな気持ちで、それを見ていたのだろう。 そして令は……。 「そうね、それがルールだし。それに私、祐巳ちゃんの事嫌いじゃないしね」 「……何それ」 思わず、由乃の口から咎めるような言葉が出てきた。 嫌いじゃないという事は、令はデートをしても構わないくらい祐巳を好ましく思っているというわけで。 令と祐巳がデートをしたからといって、どうにかなるとは思っていない。例えば由乃が激しく嫉妬をしてしまうような展開とか。 祐巳はお姉さまである祥子の信奉者だし、令は由乃を裏切ったりしないと信じている。 それでも、こんなに不安になるのは何故だろう。 「由乃は、私と祐巳ちゃんがデートするのが面白くないの?」 「面白いわけないじゃない」 由乃の答えを聞いた令は、帰宅するまで口を開かなくなった。 耐え難いような気まずい沈黙。 もしかすると、令が祐巳とのデートを渋るのを期待していたのかもしれない。 それに気付いた瞬間、由乃は自分自身に失望した。令がそんな人間ではないと、知っているのに。 こんな事になるくらいなら、令ファンの誰かが黄色のカードを見つけてくれたほうがマシだと思った。 それが、今まで名前も知らなかった生徒だとしても。 翌日、中庭を歩いていると、曲がり角の向こうが何やら騒がしい事に気付いた。 誰かの怒声が時折そこから上がる。しかも複数。 由乃はどうにも良くない予感がして、向こうからは見えないようにそっと様子を窺う。 そしてそこから見えた光景に驚いた。 祐巳が、険しい顔をした何人かの女生徒に囲まれている。 明らかに怯えている祐巳を囲んでいるのは全員、昨日の宝探しの時に由乃を尾行していた令ファンの生徒達だ。 宝探しの後、彼女達はあからさまに嫉妬や不満に満ちた視線を祐巳に送り続けていた。 由乃は薄々それに気付いていたが、まさかこんな展開になるとは……。 「私達だって、あなたが見つけたのが祥子さまのカードなら何も文句は無いわ。姉妹ですものね。 でもそれが令さまのカードなら話は別よ。一体どういうつもり?」 「それは……」 「祥子さまのカードを探すふりをして、本当は令さまのカードを狙ってたんじゃないの」 何かを言いかけた祐巳を阻むように、更にもう1人の女生徒が刺々しく攻撃する。 「よくもまあ、皆の前に出てこれたものね。図々しいったら!」 女生徒の1人が、そう言って祐巳を片手で突き飛ばした。壁に背中を打った祐巳が、苦しそうな声を上げる。 女生徒達から嘲るような笑い声が上がった。 それを見た由乃は思わず身を乗り出す。もうこれ以上、黙って見ているわけにはいかない。 熱い衝動を抑え込みながら、祐巳を囲む女生徒達の輪へと近づいていく。 「令さまの妹である、由乃さんに申し訳ないとは思わないの?」 「……私が、どうかした?」 こちらに視線を移した女生徒達の顔は、驚きに染まっていた。 腕組みをしながら、由乃は真正面を見据える。 「あなた達、令ちゃんのカードを見つけられなくて悔しいのは分かるけど、大勢で1人を責めるなんて卑怯じゃない?」 予想もしていなかった人物がこの場に現れて動揺しているのか、女生徒達は黙り込んだ。 「私の存在まで持ち出して、結局は祐巳さんに八つ当たりしたいだけなんでしょう?」 「な……っ!!」 病弱で大人しいイメージからは想像できない気の強さと饒舌さで、由乃は女生徒達に追い討ちをかける。 怒りの矛先が自分に向けられたのを感じながらも、由乃は少しも怯まない。 令の妹になって間もない頃から、こんな状況には何度も遭遇している。 数え切れない程の嫌がらせも受けてきたが、令に泣きついた事は1度も無い。 いつだって、自分の力だけで乗り越えてここまで来たのだ。 まさに、人気者の姉を持つ妹の宿命だと言ってもいい。 女生徒達と由乃の睨み合いが続く中、祐巳はどうする事も出来ずに困惑している。 そんな時、シスター達がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。 危機を感じ取ったのか、女生徒達が慌てて散っていく。 由乃も祐巳の腕を掴むと急いでその場を離れた。 「由乃さん」 とりあえず薔薇の館の前へと来た由乃は我に返ると、掴んでいた祐巳の腕を離した。 「さっきは、本当にありがとう……」 「別に」 まるで突き放すかのように、由乃は素っ気無い返事をする。 「祐巳さん、あそこまで言われて悔しくないの? ああやって黙っていれば、やり過ごせるとでも思った?」 「……そんな事、思ってない。でも」 「でも、何? 遠慮しないではっきり言いなさいよ」 祐巳は再び黙ってしまった。 そんな煮え切らない様子が、由乃の苛立ちを更に煽る。 祐巳は由乃ほど口の達者な人間ではない事は、分かっていた。 それでも自分の考えくらいしっかり言えないのは正直、問題外ではないか。 ここまではっきりしないと、あの女生徒達の言う通り、祐巳は令のカードを狙っていたかのように思えてきてしまう。 やましい事があるから何も言えないのだと、思ってしまう。 例え、どんな事情があったとしても。 昨日からずっと、祐巳の気持ちが分からない。 親友だと思っていたのに。 祐巳の心が、遠い。 「中途半端な気持ちで令ちゃんとデートしたら、私は祐巳さんを一生許さない」 それだけ言うと、由乃は祐巳を残して校舎へと向かった。 歩いている間、1度も振り返らずに。 |