イエローカード騒動/3 街の人波に紛れて歩きながら、由乃はため息をついた。 今頃、あの2人はどこで何をしているのだろう。 そう思うと、決して愉快ではない想像ばかりが頭を支配して、どうにもならなくなってしまう。 家で大人しくしていても落ち着かないからこうして出掛けたのに、これでは意味が無い。 駅で文庫本を買い、それを読みながら喫茶店で高価なランチを食べ、都立公園で色々な動物達を眺めた。 しかしそれらは全て、由乃の気を紛らわす効果としてあまりにも薄かった。 それほど、令と祐巳の行方が気になっているのだ。 あれから祐巳とはまともに会話を交わさないまま、とうとうこの日を迎えてしまった。 祐巳とはクラスが違うので授業中は顔を合わさずに済むが、問題は放課後だった。 薔薇の館では、何の因果か祐巳と2人きりで他のメンバーが来るのを待つ時が多くて、かなり気まずかったのをよく覚えている。 お互いに目を合わせず、口もきかず。祐巳とのこんな状態は初めてだ。 令のファンがまとめて手渡してきた膨大な量のチョコレートを広げ、その包装紙をひとつずつチェックしながらリストを作るという 作業は事務的ながらも、目の前に居る祐巳との気まずさを緩和してくれた。 紙袋を逆さにして大量のチョコレートを撒き散らした時は、さすがに祐巳も驚いたようにそれを凝視していた。 ただそれだけで、コメントは何も無かったが。 決して長い付き合いとは言えないので、由乃は祐巳の全てを把握しているわけではない。 白薔薇さまである聖の言う通り、祐巳は無意識に披露する百面相のせいで、望まずともその時の感情が外に出てしまう性格だが、 それでも分からない事はある。令とのデートが決まってからの祐巳は、常に何かに対して悩んでいる様子だった。 その悩みが何であるかまでは読めない。百面相が与えてくれるヒントには、もどかしくも限りがあった。 歩道橋の階段を上りきり、手すりに身を預けて足元に広がる光景をぼんやりと眺める。 そうしていると、歩道を行き来する人ごみの中に見覚えのある2人組を発見した。 まさか、とは思ったが、どうやら人違いでは無かった。 令と祐巳が、並んで歩いていた。楽しそうに談笑しながら。 祐巳は、赤いダッフルコートとジーンズという色気の無い格好だった。 向かいから歩いてきた男達にぶつかりそうになった祐巳の肩を、令が自然な動作で抱き寄せる。 動揺している祐巳の「ありがとうございます」やら「すみません」という言葉が、この距離でも聞こえてきそうだった。 それを見て、令が微笑む。 祐巳をエスコートする手腕は、まるでホストのように見事なものだった。 由乃は激しい嫉妬を覚えながら、その場を走り去った。 突然生まれて心を覆い尽くした嫉妬は令に対してなのか、それとも祐巳に対してなのか。 冷静になって考える余裕は残っていなかった。 中途半端な気持ちで令とデートしたら許さない、と祐巳に言ったのは間違いなく由乃自身だった。 浮かない顔でデートされるよりも、ああやって楽しそうにしているほうがずっといい。 それなのに、この複雑な気持ちは一体どうしたものか。 自分の心をありのままにさらけ出せるような。 同等の立場から、本音でぶつかれるような。 そんな人間、令以外には居なかった。 しかし薔薇の館で祐巳に出会ってからは、由乃の中で何かが大きく変わり始めた。 祐巳に向かって伸ばした手はもう止められず、今ではその心の奥まで触れて確かめてみたいと思っている。 これ以上、祐巳が遠い存在になってしまうのは耐えられない。 ……ただ夢中で、何かを振り切るかのように。 歩道橋の階段を下りて、人波をかき分けながら走る。 横断歩道へ辿り着いた時、青信号が点滅しているのにも気付かずにそのまま進む。 我に返ると信号は赤になっていて、由乃は車道の真ん中に取り残されてしまった。 1台の黒い車が由乃の目前に迫る。 鳴り響くクラクション。歩道から上がった誰かの悲鳴。 これから起こる惨事を予感して、車道から目を逸らす者も居た。 由乃は足が竦んで、1歩も動けなかった。 |