後戻りはできない!/前編 まーゆきさん! という声と同時に横から伸びてきた腕に抱きつかれて、仕事でパソコンに向かっていた真雪は頭が真っ白になった。 せっかく浮かんでいた話の展開が、一瞬にして消し飛んだ。それくらい衝撃的すぎて言葉も出ない。 風呂上がりのゆららはキャミソールとショートパンツという、いつもの制服姿とは違う無防備な格好だ。しかもキャミソールの下には何も着けていないので、 柔らかい胸の感触が生々しく肩に伝わってきて、どうしても意識がそちらに行ってしまう。 今日は一人暮らしのマンションに、ゆららが泊まりに来ていた。前に、中学時代に家族で温泉旅行に出掛けた話を聞いた真雪は、今度ふたりで行ってみないかと誘ったが、 ゆららはバイトを始めたいだの唐突にわけの分からないことを言い出し、結局旅行の話は延期になった。遠回しに嫌がられたのかと思い、複雑な気分だった。 確かにゆららが湯に浸かる姿を想像して動揺したが、妙な誤解をされたのだろうか。部屋で真雪に襲われるかもしれない、とか。 しかし後に、バイトは旅行の費用を自力で稼ぎたいからという理由を聞いて安心した。別に金のことなら心配ないのに、どこまでも律儀な子だと思った。そういうところも含めて愛しいのだが。 とにかく旅行は延期になったが、一切金のかからない場所に泊まるなら気楽に考えてくれるだろうと、この家に誘ったのだ。 ところが楽しい時間を過ごす前に、何故かこんなに大変な事態になっていた。 「真雪さんお仕事中なんですかあ? 構ってくれないと寂しいですよお」 普段の言動からは考えられない、妙なテンションだった。ゆららは自分からは迫ってこないので、この状況は明らかに異常すぎる。 そう思っていると、何故かゆららの息から 酒の匂いがすることに気付いた。そういえば風呂から上がったら、冷蔵庫の中のものを適当に選んで飲んでいいと言った記憶がある。まさかジュースの中に混じっていた缶チューハイを 間違って飲んでしまったのだろうか。視線をずらしてリビングのテーブルに置いてある缶のデザインを見ると、悪い予感が当たっていて真雪は頭を抱えた。 自分の不注意で、未成年に酒を飲ませてしまった。まだ唇を重ねただけの仲だが、これ以上は間違った道に引き込まないと決めていたのに。 頬をうっすらと赤く染めて、ゆららは締まりのない笑顔でこちらを見つめている。 「なんだかふわふわしてて、気持ちいい」 「……」 「えへへ……真雪さん、だーい好き」 頬に唇が押し当てられた途端に、理性が崩れる。完全に仕事をする気が失せた。 「構ってほしいの?」 「そうしてくれたら、嬉しいです」 「じゃあ、お望み通りにしてあげる。あんたが正気になるようにね」 真雪はゆららの顔をしっかりとこちらに向けさせ、その唇を奪う。そしてただ重ねるだけではなく、薄く開いていた唇の隙間から舌先を差し入れ、ゆるやかに動かした。 驚いたらしいゆららの両肩が小さく跳ねたが、首に両腕をまわして抱き締めて逃げられないようにした。甘い桃の味が、絡めたゆららの舌から伝わってくる。 応え方はためらいがちだったが、嫌がられてはいないようだった。顔を離してキスから解放すると、今度は胸に触れる。先ほどずっと肩に押しつけられていたところを。 敏感な部分を避けながら、キャミソールの上からそっと手のひらで包む。 「そこ、は……」 「だめなの?」 「だって、んっ、あ!」 布地を小さく押し上げ、硬くなっている乳首を軽く摘んでみると、ゆららが短く声を上げた。 縋るように真雪の肩にしがみついてくる。耳元で、震えた息を感じた。 「おかしくなっちゃうから、だめ」 「酔っ払いのくせに、生意気じゃないの」 「も、本当にだめだってば……真雪さんのエッチ」 優位に立っていたつもりが、その囁きに頬が熱くなった。いつもの敬語ではないせいか、新鮮でどきどきする。こんなゆららは、今まで知らなかった。おかしくなるのはこちらも同じだ。 「これ以上するなら、真雪さんのも触っちゃいますよ」 「それは、嫌」 「不公平ですよお、私には触ったくせに」 たちの悪い酔っ払いを何とかしようと思い手を出したが、予想外におかしな方向へと転がっていきそうだった。肉付きの薄い胸に顔を寄せてきたゆららを、どうしても拒めない。 酔いが覚めた時には全部忘れてほしいと願いながら、真雪はゆららの長い髪に指を絡めた。 |