Please, smile again (前編)



メグが図書館の裏へ行くと、そこには予想通りクライブが居た。
具合を確かめているのか、手にした銃を様々な角度から注意深く見つめている。
ニナはここでよく、フリックに差し入れする菓子の試作品を持ってきてはクライブに食べさせたり、本を読んだりしていたらしい。 今まで気に留めていなかった場所だったが、確かにここなら人通りも少なく静かで、考え事をするのにもぴったりだ。
クライブは近づいてきた足音に反応したのか、顔を上げてこちらを向いた。しかしすぐにまた視線を銃に戻す。
そんな素っ気無い態度にもメグは大して気を悪くしたりはせず、クライブの隣に腰を下ろした。 このまま黙っていても日が暮れていくだけなので、早速本題に入る。

「クライブさんって、ニナのこと好きでしょ?」

そう問うと、銃を持っているクライブの手が一瞬だけ小さく跳ねた。
相変わらずの無表情だが、態度を見る限り明らかに動揺している。

「何を根拠に……」
「だって、見てれば分かるもの。肝心のニナは全然気付いてないみたいけどね」

それは、先日の出来事だった。
軍主のツバサの指名を受けて遠征に赴く際、クライブはそれをニナへ知らせに来た。
そばで2人のやり取りを見ていたメグは、彼の考えをすぐに読み取っていた。
いつ戻れるか分からないにしろ、何とも思っていない相手にそんなことをわざわざ言いに来るだろうか。 クライブにとってニナは特別な存在だから、これから行く先を知っていてほしかったのかもしれない。
しかし肝心のニナは、淡々とした言葉をかけただけだった。
普段から彼と交流の深いニナなら、当然のように温かい励ましの言葉をかけるのだと思っていた。それなのに。
ニナが人の気持ちに鈍感なのは前から分かっていたが、いくら何でもひどすぎるのではないか。そのまま去っていくニナに腹を立てた メグは、今日のニナは機嫌が悪いのだと少し苦しいフォローをクライブに入れ、すぐに後を追った。
レストランの入口付近でニナを掴まえてから始まった激しい口論で、ニナはクライブの気持ちには 全く気付いていないことを、メグは改めて感じた。
それらを胸の内で思い返していると、クライブは観念したかのようにため息をついた。

「どうやら、そのようだな」
「あっ、認めたわね? やっぱりそうなんだー!」
「何か、あったのか」
「えっ?」
「最近、ニナと一緒に居ないだろう」
「……この前ちょっと、ニナとモメちゃって。それ以来ずっと、一言も喋ってない」

揉め事の発端がクライブであることは、決して言えない。
白い手袋に包まれた右手をしばらく見つめると、メグはそれを強く握り締める。薄布越しに爪が食い込み、痛みを感じるほどに。
この手で自分は、大切な親友であるニナを殴った。
フリックとクライブでは、ニナに対する気持ちが全然違うことをいくら説明しても聞き入れず、 ニナはメグの言葉を否定し続けた。いつしか頭に血が上ったメグは、とうとうニナに手を上げてしまったのだ。
フリックに振られて以来、ニナは笑顔を見せることが少なくなった。心配をかけまいとしているのか、いかにも無理をしていると分かる 作り笑いが目立つ。
今でもニナはフリックの気持ちが変わるのを待ち続けるつもりらしいが、その願いはきっと永遠に叶わない。 フリックが抱いているオデッサへの想いは、解放軍時代の仲間ならおそらく誰でも知っていることだ。 当時は今より更に子供だったメグも含めて。
他人にあまり関心を示さないクライブは、もし知っていてもそれほど深く受け止めはしないだろう。

「好きなのに、どうしてそれをニナに伝えないの?」
「今はダメだ。あいつの心の隙につけこむような真似はしたくない」

クライブの言葉に、メグは少しだけ苦笑いをする。困ったように。

「すごく優しいのね。でもその優しさで、あなたは損をしているような気がするの」
「買い被りすぎだ。俺はそういう人間じゃない」
「そんなことないわよ。今までだって、ニナはフリックさんのことが好きだったから、遠慮して伝えられなかったんでしょ?」

黙り込んだクライブを見て、メグは更に話を続けた。

「ニナは……あの子は、直接言わなきゃ分からないくらい鈍感なところもあるし、 逆に言ったら言ったで反発するからすごく厄介だけど。 例え喧嘩になったとしても、言いたいこと全部伝えたほうがいいと思う。 そういうのって、大切だと思わない?」

ニナとは今まで何度も、ささやかな喧嘩と仲直りを繰り返してきた。言いたいことを残さず吐き出して、とにかく本音をぶつけ合う。 不満を胸に溜めていても、いいことは1つもない。相手の腹の内を常に探り合うようなことはしたくなかった。
気持ちを頑なに隠し続けるクライブと、良くも悪くも気持ちを全く隠せないニナ。何もかも正反対の2人が結ばれるのは難しいかもしれない。 それでもニナの全てを包み込んで守ってやるには、女の自分ではどうしても力が足りない。 悔しいが、それは認めなければならない事実だった。

「クライブさんも3年前、解放軍に居たから分かると思うけど。 私達はこのお城で、いつまでも一緒に暮らせるわけじゃないのよ」

沈黙が流れる中、図書館の方角から誰かの足音が聞こえてきたと思えば、ナナミがかなり慌てた調子で2人の前に現れた。 両肩を上下させながら、乱れた呼吸を必死で整えている。

「どうしたの、ナナミちゃん」
「大変だよ! ニナちゃんが遠征先で行方不明だって!」
「ニナが!?」
「これ……森の中に落ちてたみたい」

ナナミが震える手で、布のようなものをメグに渡す。丁寧に折りたたまれたそれを広げてみると、襟のついた赤い上着だった。 形としてはありふれたものだが、この辺りではあまりにも持ち主が限られすぎている。心当たりは、1人しかいない。
メグは全身から血の気が失せていくのを感じた。

「今、ビクトールさんやフリックさんが探しに行ってる。もう少し経ったら、捜索隊の数を増やすって」
「……私、ニナを探しに行くわ」
「メグちゃん!?」
「ここで大人しく帰りを待ってるだけなんて、絶対にイヤ!」

誰よりも早くニナを探し出して、あの笑顔を取り戻す。
その場から走り出そうとしたメグだったが、背後で金具や布が微かに擦れる音が聞こえた。 立ち上がっていたクライブが、呆れたようにこちらを見ている。

「場所は分かるのか」
「え……あっ、そうね。ナナミちゃん、ニナがいなくなった森って」
「おそらくグレッグミンスターへ続く森だろう」

ナナミがメグの問いに答えようとした直前、クライブが即答した。

「遠征先で、迷いやすい森といえばあそこしかない」

揺るぎない自信に満ちたその言葉に、ナナミが驚きながら頷く。
こんな非常時でも、冷静なクライブの勘は見事に当たっていたのだ。
彼は黒いローブを翻し、メグに背を向けた。

「俺も行く」




→後編へ



back