13歳と鷲巣麻雀



「あの赤木は、今まで鷲巣様に差し出してきた生贄の羊ではありません」

あなたを殺す者、と強い調子で仰木が口に出した瞬間。
鷲巣の老いた身体を支えていた杖が椅子の背もたれに叩きつけられ、折れた欠片が床に転がった。
慌てて近づいてきた吉岡を、振り向きざまに睨みつける。

「本気か、貴様……仰木っ!」

牌が並べられた雀卓に鷲巣が拳を叩きつける。いくつかの牌がその衝撃でぶつかりあって小さな音を立てた。
透明牌を使い、金や血液が動くという独特のルール。財力を持つ鷲巣が有利で、常に安全圏の中での戦いと言ってもいい。
確かに鷲巣は今まで何人もの若者が震え、恐怖する様子を見ることを娯楽としてきた。
しかし今夜、仰木は用意してきた対戦相手は鷲巣の想像から大きく外れていた。
学校の制服と思われる白いシャツ、幼さの残る顔立ち。成長しきっていない細い身体。
その目には年齢に不相応な落ち着きを宿していた。

「こんな子供に何ができる、ふざけているのか!?」

卓の向こう側に居る少年を指さしながら、鷲巣は怒声を上げる。
少年は卓に散った牌を興味深げに見つめたり手に取ったりしながら、この状況を楽しんでいるようにも見えた。
まだ何も分かっていないような子供と牌のやり取りをして、血を吸い上げる趣味は無い。
仰木の考えていることが理解できない。殺人事件もみ消しのため資産の大半を失い、あとは海外へ高飛びするだけの身だと甘く見て、 からかっているに違いない。そう考えると更に怒りが増していくばかりだ。

「今なら何事も無かったことしてやる、その子供を連れてさっさと屋敷を出て行け!」

そんな時、卓の向こう側から低い笑い声が聞こえてきた。その声の主は、仰木が連れてきた例の少年だ。

「麻雀で人を殺して楽しんでいる、狂ったじいさんの話を聞いてさ。この夜を待っていた」
「何だと……?」
「鷲巣さんだっけ。あんたは歯ごたえがありそうだ。ねえ、早くやろうよ」
「こ、このガキ!」

対面を済ませ、鷲巣麻雀のルールを説明している時から何かがおかしいと思っていた。
説明後に初めて少年の歳を知って、目眩を起こしそうになった。
屋敷の応接間では名前しか聞いていなかった。
見た目から妙に若すぎると思いながらも、数人もの若者を対戦相手として差し出してきた仰木が、 まさか子供など連れてくるはずがないと決め付けていたのだ。
この勝負が遊びではないことを、向こうも承知のはず。
日本で過ごす最後の夜に、こんな形で水をさされるとは。とんだ屈辱だ。

「こうして会う前からずっと、あんたのことばかり考えていたんだ」
「……え?」
「成功を積み上げてきた自分が、歳を取って朽ちていくのが怖い。だから若者が憎くて殺すんだろ。俺が今夜、その連鎖を終わらせてやる」

少年の言葉で、部屋の空気が固く張り詰めた。誰もが無言のまま時が過ぎていく。
そんな静寂を壊すように、鷲巣は声を上げて笑った。

「面白いガキだ、いいだろう……相手になってやる」
「鷲巣様っ、向こうの狙いが分からない以上はまだ……!」
「半荘が終わる頃には身を持って思い知るはずだ、わしが何者であるか。そしてこの鷲巣麻雀の恐ろしさを」

向こうの狙いも何も、ここまで愚弄されては黙って帰すわけにはいかない。
相手が子供でも関係無い、じわじわと恐怖を味あわせながら殺す。それだけだ。




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2006/11/5