未来の自分と 連れて来られたのは、薄汚れた連れ込み宿だった。 めったに足を踏み入れない施設なので、他にもっと良い宿があるのかは分からない。 部屋の中心に置いてある小さな卓袱台の上には、男が持っていた古い鞄が乗っている。 太腿に感じる頭の重みと、自由に動けないもどかしさ。すぐそばを漂う煙草の匂い。 「ねえ、いつまでこうしてるつもり?」 「俺が飽きるまで」 「この調子じゃ、解放されるのは当分先になりそうなんだけど」 「まあ、それもいいだろ」 お前を困らせるのが楽しい、と言いながら男は新しい煙草を咥えた。制服のズボンに包まれた赤木の太腿で、男の白い髪が揺れる。 夜の街をうろついていた時に偶然出会った男は、赤木と全く同じ名前を名乗った。それは決して珍しくはない、日本中を探せば 何人かは見つかりそうなものだ。しかしその髪の色や顔立ちは、他人とは思えなかった。もしかすると他人ではないかもしれない。 今よりも伸びた背丈、広くなった肩幅。まるで自身の数年後を見ているような気がしてくる。 あと数年もすればこんなふうになるのだろうか。 そんなことを考えていると、赤木の太腿を枕代わりにして寝転がっている男と目が合った。 「さっきから熱心に見てるけど、やっぱり俺に興味があるんだろ」 「あんたなんか別にどうでもいいよ」 目を逸らした赤木が刺々しく言うと、男は気を悪くした様子もなく静かに笑みを浮かべた。 赤木にとって、人の心を乱して有利に立つのは簡単だったはず。雀荘に呼ばれた代打ちとの勝負も、次に卓を囲んだ自分と似た雰囲気を 持つ老人との勝負も。なのに今、ここに居る男はなかなか思い通りにならない。それどころか何を言っても軽く受け流されている始末だ。 たとえ相手が誰であっても、こうして手玉に取られるのは面白くなかった。 そもそも男は、何のために赤木を連れてこの宿に入ったのだろう。普通に話をするくらいなら外でも充分のはずだ。 膝枕のためだけだとしたら、あまりにもバカバカしい。 それも決してこの男のためにやっているわけではなく、疲れていたので畳に腰を下ろすと勝手に頭を乗せられたのだ。 「ごまかしても無駄だぜ、お前のことは隅々まで知ってるんだから」 「何だか気持ち悪いよ、あんた」 「俺が将来のお前だって、もう気付いてるんだろ。この先のことまで教えてやろうか」 「……いらない」 この男の言うことが真実でも何でも、まだ見ぬ未来を知ってしまうのはつまらない。 男は身を起こして灰皿に煙草の先を押し付けると、赤木の頬に触れる。その長い指に、じれったいほど柔らかく撫でられた。 かすかな体温が指先から伝わってくる。唐突な行為なのに、不思議と嫌な感じはしない。赤木自身のことを知り尽くしている証拠だ。 少し前に味わった、人肌の心地よさを思い出して変な気分になりそうだった。 ヤクザ相手の命を賭けた賭博や血なまぐさい喧嘩とは違う、未知の世界を覗きたくなったのだ。 肌を重ねて呼吸を乱し、そして繋がりあう。相手に身体を貫かれた瞬間の痛みに、心のどこかでは興奮を覚えていた。 大きな手に導かれて初めて射精した時も……。 「お前、今何考えてんの」 「え?」 「いやらしい顔してるぜ」 その言葉に我に返った赤木は、笑いを浮かべる男の手を乱暴に振り払った。常に胸の内を全て読まれているようで気分が悪い。 似ている程度ならともかく、全く同じ種類の人間というのはひたすら面倒なものだと思った。 |