引き返せない感情





煙草を吸い終えた頃、赤木は数日前の情事を思い出した。相手は今から6年前、13歳の頃の自分自身だ。
その少年は週に何度かこの部屋を訪れては、赤木に抱かれて帰っていく。 別にこちらが抱かれる側でも構わなかったが、あの可愛げのない言動を見ていると思うがままに翻弄したくなるのだ。
部屋に赤木以外の人間が出入りしていることについて宿の主人はあまり良い顔をせず、これ以上好き勝手するなら泊まらせるわけにはいかないという警告を受けた。 しかし新しい宿を探すのは面倒だったため、いくつかの札束を差し出すと文句ひとつ言われなくなった。
金で人の心が簡単に動くのは、いつ見てもたまらなく滑稽だ。 ずっと持ち歩いていても重くて邪魔な大金の使い道を考えていたところだったので、ここで役に立って良かった。
鷲巣との勝負で得た金はいつも使っていた鞄に詰め込み、入りきらなかった分は仰木と安岡へ適当に配分した。 きっと死ぬ直前まで忘れられない、刺激的な一夜になった。実際に命をかけて勝負をしたのは赤木だったが、あのふたりが居なければ鷲巣と出会うことはなかっただろう。
そろそろ窓の外は薄暗くなってきた。まだ眠れないのでどこかの賭場へ行って遊んでこようかと思っていると、部屋のドアが開いた。 ノックもせずにこの部屋に入ってくるのはひとりしか居ない。姿を現したのは、やはり赤木の予想通りの人物だった。

「こんな遅い時間に、珍しいな」

身を起こした赤木がそう言うと、少年はこちらに近づいてきて隣に腰を下ろした。膝を抱えて黙ったまま口を開かないので、その肩に触れて抱き寄せようとしたが、 そんな気分じゃないと刺々しく拒まれる。
いかがわしい目的があったわけではないが、少し拍子抜けしてしまった。

「……ねえ、あんたにも勃たない時ってあるの?」
「何だ急に」
「いいから答えなよ」
「勃たなくなったことはないし、それで悩んだこともねえよ」
「あっそう、分かった」

素っ気ない言葉を残して少年は立ち上がりかけた。用は済んだので帰る、と言わんばかりの態度が面白くなかったので赤木はその細い手首を掴んだ。

「勃たなくなったのってお前か、それともあの人か?」
「俺じゃないよ……」
「なるほどな」

赤木は少年から手を離すと、煙草に火を点けながら考える。要するにあの男が何かの理由で勃起しなくなったので、それを知った少年は誰かに相談したかったようだ。
自分はその相手に選ばれたようだったが、先ほど話した通りそういうことで悩んだ経験は1度もなく、残念ながら少年の役には立てそうもない。

「どうしたの、急に黙って」
「別に……お前こそ、帰るんじゃねえのか」
「あんたしか、相談できる相手が居ないから。何か知ってるなら教えてもらおうと思ってたんだけど」
「だったら最初からそう言えよ」

小さく息をついた少年は、再び赤木の隣に座る。しかし表情は冴えないままで、他人にはこんな様子は絶対に見せないだろうと思った。
この少年と赤木は同一人物で、他人ではないのだ。赤木にとって過去の自分である少年のことは全てお見通しだが、逆に少年は未来の自分である赤木の本心は読めないらしい。

「じゃあ最近、あの人とはやってねえんだな」
「やりたくても、できないんだよ」
「やりたくなったらどうするんだ、他の奴を誘うのか」

耳元に唇を寄せてそう囁くと、少年は赤木から身体を離して距離を取る。赤木が迫ると同じことを繰り返し、やがて壁際まで追い詰めた。少年がこちらを睨んできても 全く構わずに、赤木はズボンの上から少年の股間に触れる。何度か撫でただけでそこはすぐに反応を示した。

「最近、抜いてねえだろ」
「……それが、なに」
「あの人が勃つようになるまで、お前も我慢しようってわけか」
「くだらない……単に抜く気分じゃないだけ、あの人は関係ないよ」
「ガキのくせに自分から欲しがるようなお前が、意味もなく何日も我慢できるのかよ」

少年のズボンの前を開くと、幼い性器が下着を突き上げて勃起していた。先走りがにじんだ部分を指先で刺激して、身体を震わせながら耐える少年の様子を楽しむ。 しかしそんな時間は長く続かず、少年は赤木の手を振り払うと自ら性器を露わにして扱き始めた。

「あんたにいかされるくらいなら、自分で……」

やり方を覚えて間もないのか、明らかに不慣れな手つきで自慰を続ける。
息を乱しながら畳に横向きで寝転がり、先走りが流れ落ちる頃には耐え切れずに声を上げた。膝の辺りまで中途半端に下ろしたズボンと下着のせいで、思うように動けないようだ。
赤木は少年をうつ伏せにさせると、こちらに向けられている尻に手を伸ばす。まだ解してもいない部分に触れた途端、這ったまま逃れようとした少年の腰を掴んで阻んだ。

「お前がそこまでするなんて、あの人によほど大切にされてるんだろ」
「んっ……や、だ……!」
「自分のことなのにこんなに妬けるのって、どうしてなんだろうな」

もう引き返せない。赤木は唾液で濡らした指を沈めてそこを解し始める。使う指の本数を増やす度に、腰を浮かせて性器を扱く少年の手の動きが激しくなっていった。


***


赤木が流し込んだ精液が少年の最奥から溢れ出し、畳を白く汚していく。 少年はまだ起き上がることができず、両膝をついて尻を高く上げた体勢のまま息を荒げていた。

「ストレスが溜まってたり、生活が不規則だと勃たなくなる場合もあるらしいぜ」
「何だよ、今更……」
「知りたかったんだろ、今思い出したんだよ」

少年は無言で赤木を睨むと、だるそうに起き上がり身支度を整える。
どうしても自分は、会う度にこの少年を思い通りにしたくて仕方がないようだ。もしかすると今回の件で愛想を尽かし、二度と赤木の前には現れないかもしれない。

「帰ったら、あの人に伝えておくよ……参考になるかもしれないし」

まるで赤木と少年を隔てるかのように、ドアが重い音を立てて閉じた。
性交の名残が漂う部屋で、赤木はまたひとりになる。さすがに少し強引すぎただろうかと思いながら、仰向けに寝転んだ。




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2007/10/6