まちぶせ 放課後に校舎を出ると、校門のところに見覚えのある男の姿があった。 男はこちらの存在に早くも気付いたようで、数メートル先で赤木が来るのを待ち構えている。 先日の出来事を思い出して足を止めかけたが、何でもない振りを貫きながら歩いて行く。怯んだら負けだ。 赤木がそばまで来ると、男の口元に薄く笑みが浮かぶ。 「ここに何か用?」 「そろそろ授業が終わる頃だと思って、お前を待ってたんだよ」 「あっそう……本当に暇なんだね、あんた」 他の生徒達は校門で言葉を交わす赤木と男を交互に見比べて、似てるだの同じ顔だのと囁き合いながら通り過ぎる。 似ているどころか、この男は6年後の赤木そのものなのだ。伸びた身長、広くなった肩幅、そして煙草の匂い。 「もしかして、俺の機嫌取りに来たわけ?」 「まあ、そんなところかな……」 こういう質問をされてあっさりと肯定してしまう男の気が知れない。 この男に相談事を持ちかけた時、そういう気分ではなかったのに巧みに言いくるめられて性交にまで及んでしまった。 しかも自身を慰めている淫らな姿まで見られ、それを思い出す度に屈辱で身体が震える。こうして普通に会話をしているだけで調子が狂う。 「あれからどうなった、あの人の具合は」 「酒と煙草を控えて、早く寝るようになったら良くなってきた」 「そうか」 笑みを消した男は何故か赤木を置いて歩いていく。その後を早足で追い続けても、男が歩みを止める様子はない。 たった一言だけ、この男に言わなければならないことがある。それを分かっていながらも、くだらない意地が邪魔をして実行できない。 事後に貰った助言のおかげで、今まではどうにもならなかったことが解決したのだから。 「俺の機嫌を取りに来たんじゃなかったの?」 背後から声をかけると、男はようやく立ち止まった。その長い指で煙草を取り出して火を点け、塀にもたれかかる。 「本当は……こっちから行かねえとお前はもう、俺のところには来ないかと思ったのさ」 「何で」 「やりたい気分じゃなかったんだろ、あの時は」 麻雀がきっかけで知り合い、今では家に入り浸るほど深い関係となった男の性器が急に勃たなくなった。それが何日も続き、気落ちしていく姿を見て赤木も自慰や性交を しなくなった。同情だの哀れみだのとは関係ないと思っているが、自分でもよく分からなかった。 しかし日が経つにつれて、重く溜まっていくものを解き放ちたい気持ちで一杯になった。いかがわしい目的で誰かに触れられたらもう終わりという状態だった。 強引に抑え込んでいた性欲は、目の前に居る男……19歳の赤木との行為で全て吐き出してしまった。それでも、場の雰囲気に流されてしまった自分にも責任は あるので、真正面から男を責めることはできない。 「俺にも隙があったんだ、あんたばかりが悪いわけじゃない」 「随分しおらしいこと言うんだな」 「あの部屋に行って、話をするだけで帰れるとは思ってなかった」 「それを分かってて来たってことか、俺も話だけで帰すつもりはなかったけどな」 「でも……どうしても相談したいことがあったから、それで」 赤木の言葉を遮るように、男は頭を何度か撫でてきた。心地よい大きな手に、思わず全てを任せたくなってしまう。 伝えるなら今しかない。小さく手招きをすると、身を屈めた男が顔を近づけてくる。 「あんたのおかげで、あの人がようやく立ち直れた。ありがとう」 不意打ちで奪った唇は予想通り、苦い煙草の味がした。男は少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに目蓋を閉じて赤木のくちづけを受け入れた。 近くを何台かの車が通って行ったが、どうでも良かった。世間の目を気にして感謝の気持ちすら伝えられないのは、あまりにも馬鹿馬鹿しい。 舌は使わずに軽く重ねただけで、こういう行為についてはまだ未熟な今の自分には似合っているだろう。 くちづけを終えた後しばらくは、互いに無言のままだった。 「あの人の家、行くんだろ。近くまで送る」 男は穏やかな口調で言うと、赤木の肩を抱きながら再び歩き出した。今度は歩調を合わせて、ゆっくりと。 |