訪問者 矢木が帰宅すると、ドアの鍵が開いていた。 もう夕方なので赤木も学校から帰ってきているのだろうと思っていると、玄関にはすでにふたり分の靴が並んでいた。 片方は間違いなく赤木のものだが、もうひとつも似たような形で赤木の靴よりも大きい。 震えるような小さな声に気付いて顔を上げた矢木は、信じられないものを見てしまった。 部屋の真ん中では、赤木が見知らぬ男とくちづけを交わしていた。男は20歳前後くらいだろうか、濃い青色のシャツを着ている。そして髪は赤木と同じように白かった。 赤木は矢木が帰ってきたことにも気付いていないのか、男との行為を止めようとはしない。畳の上で互いの片手を重ね合わせ、舌を絡めては更に吐息が乱れていく。 いつまでも赤木を独り占めできるとは思っていなかった。しかしこれはあまりにも酷い。わざわざここに連れ込む必要があるのだろうか。 今すぐふたりを引き離して追い出したかったが、衝撃が大きすぎて少しも動けなかった。それでもこれ以上見ていたくないという拒否反応が勝り、ようやく1歩だけ後ずさる。 すると赤木から唇を離した男がこちらを見て、薄く笑みを浮かべた。 「ああ、久しぶりだね矢木さん」 苦笑しながら男がそう言うと赤木も矢木の存在にようやく気付いたのか、一瞬だけ矢木のほうに視線を走らせた後に無言で俯いた。 まずいところを見られた、というような。いつもの赤木らしくない態度が、何となく引っかかった。 「久しぶり、って……俺はお前なんて知らねえぞ」 「随分冷たいね、6年前はヤクザの前で朝まで卓を囲んだのに」 「この時代で6年前って言われても混乱するだけだよ」 男の言葉に、赤木が淡々と突っ込みを入れる。本当にわけが分からない。 「あんたは信じないかもしれないけど、これは6年後の俺なんだ」 「信じられるわけねえだろ、俺の家に他の男引っ張り込みやがって」 「矢木さんに会いたいって言うから連れてきた……」 「ああ?」 眉をひそめた矢木が、男に近づく。間近で見ると、確かに赤木によく似ている。それどころか、数年後にはこんな感じになるだろうと思わせるくらいだ。 座っている男と目線を合わせるために畳に片膝をついた時、男が身を乗り出してきて突然くちづけてきた。舌の動きも何もかも、赤木に教えた通りのものだった。 違うところといえば、拙さを感じさせないことか。危うく翻弄されそうになる。 「このまま俺を抱いて、確かめてみる?」 赤木よりも少し低く甘い声で囁かれ、両肩がわずかに跳ねた。矢木は慌てて男を突き飛ばし、動揺を悟られないように目を逸らす。いつの間にか頬が熱くなっていた。 「あまりこいつのこと責めないでやってよ、矢木さん」 畳に尻餅をついた男は穏やかな眼差しで赤木を抱き寄せ、その頭を撫でる。男と赤木の深い繋がりを想像してしまい、生まれてきた嫉妬で胸が焼けるようだった。 言動を目の当たりにしているうち、やはり男は未来の赤木かもしれないと思えてきた。ということはここに19歳と13歳の赤木が居るのだ。ある意味恐ろしい気がする。 それにしても赤木は、何故この男に対してはやけに素直でしおらしいのか。矢木と居る時はあんなに生意気で憎たらしいのに。 「夜も近いし、そろそろ……な?」 男は赤木に触れていた手を頭から背中へ、そして腰から尻のほうへと動かした。それが合図なのか、赤木は立ち上がるとズボンのベルトを外して下着ごと脱いだ。 育ちきっていない性器や白い太腿が晒され、何度も見ているはずなのに思わず目が釘付けになる。 そんな赤木を男が背後から抱くと、何かを囁いて耳に舌を這わせる。男の胸に背を預けながら性器を扱かれて、されるがままの赤木は矢木の前で喘ぎ始めた。 男に対する嫉妬と、赤木に対する欲情が入り混じっておかしくなりそうだ。赤木の性器からは先走りの滴が浮かび上がり、達するのも時間の問題だ。 こうして見せつけられていることが苦痛で、いっそのこと自分が部屋を出ればいいとすら考えた。 夢中になっているふたりを置いて出て行こうとすると、赤木の縋るような目がこちらを向いているのに気付いて動きを止めた。 「矢木さん……」 掠れた声で名前を呼びながら、赤木は頼りない調子で手を伸ばしてくる。それを見た矢木は、このまま赤木を置いて行く気が失せてしまった。 結局自分は、口で何と言おうが赤木には弱い。だから赤木を弄ぶ男への嫉妬が抑えられないのだ。 「こいつ、あんたとも遊びたいんだってさ」 いやらしいガキだろ、と言って男は赤木の性器を擦る動きを早めた。 そして男の手に導かれて達した赤木に再び名前を呼ばれた時、耐え切れなくなった矢木は伸ばされている手を取ってこちらへ引き寄せた。 赤木と共に全裸になった矢木は覆い被さるように身体を倒しながら、勃起した性器を赤木の中へ沈めていく。 色々あって赤木との性交は久しぶりだったので、なめらかな肌の感触や体温が新鮮に感じられた。 喘ぐ赤木の顔を満たされた気分で見ていると、それまでは黙って矢木と赤木の行為を眺めていた男がこちらへ近づいてきた。 ズボンの前を開き露わにした性器を何度か扱き、それを赤木の唇に押し当てる。 「おい、邪魔すんじゃねえよ」 「口のほうはお留守みたいだし、こっちは俺が貰ってもいいだろ」 「あのなあ……お前いい加減に」 男の好き勝手な行動に文句を言いかけたが、赤木は唇に押し当てられた性器を浅く咥えた。括れた部分を舌先で小刻みに刺激すると、男は気持ち良さそうに呻く。 赤木の意識をこちらに戻そうとして、矢木は激しく挿入を繰り返す。すると男のほうも腰を動かし、赤木の口へ更に深く咥え込ませた。 途端に中で性器を強く締め付けられ、限界が近づいた。上の口でも勃起したものを咥えて、赤木は興奮したのだろうか。 「くっ、もう出る……出すぞ!」 切羽詰まった声で言うと矢木は1度腰を引いて、再び奥へと突き入れた。たっぷりと赤木の中へ精液を流し込み、ようやく冷静になる。 少し遅れて男のほうも赤木の唇から性器を抜くと、整った顔に向けて遠慮なく射精した。 ふたり分の欲望を一気に受け止めた赤木は、足を開いたまましばらく動かなかった。 泊まっている宿に帰ると言う男を見送り、アパートの階段を上る。 矢木に会いたかったらしい男とは、共に赤木の身体を貪り続けただけで、ゆっくりと会話をする暇はなかった。 普通では考えられないあんな馬鹿げた話を信じたのは、あの男からは赤木と同じ匂いを感じたからだ。それはどんな巧みな言葉よりも説得力があった。 「お前、あいつとやったのは今日が初めてじゃねえんだろ」 「……うん」 「やっぱりな」 「怒らないんだ?」 首を左右に振ると、赤木と目を合わせないまま玄関のドアを開けた。 自分の恋人でも何でもない赤木を、他の男と会うなだの寝るなだのと縛り付けることはできない。確かに嫉妬はするが、せめて目の届かないところでやってくれれば いくらかは救われる気がする。直接見せつけられるのが面白くないだけだ。 「これからもあいつとやりたいなら、それでいいだろ……好きにしろよ」 「物分りのいい振りするの、そろそろやめたら?」 「振りなんかしてねえよ、勝手に決め付けるな」 「本当は不愉快なくせに」 「じゃあお前は、俺にどうしてほしいんだ!」 はっきり言ってみろ、と怒鳴りながら矢木は赤木の両肩を掴んでドアに押し付けた。 いちいち突っかかってくる赤木は、正直に俺だけのものになれと言えば納得するのだろうか。 強引に奪えばいいものではないのに、何も分かっていない。こちらが一方的に必死になっても仕方がないことだ。 「変に気取ってないで、正直になればいいんだよ……」 真っ直ぐに見据えられ、気まずくなった矢木は赤木の肩から手を離した。もう間違いなく全てを見抜かれている。 赤木が矢木の腕に触れかけると、それを避けるように身を引いた。密着して甘い雰囲気になれば、いつ本音が出てしまうか分からないからだ。 赤木を独占したいという気持ちをごまかしている自覚はあるが、こればかりは正直に口に出すわけにはいかなかった。 |