挑発 しにたくないから、ころしたい。 「意外に大胆だな、鷲巣巌」 赤木の頬に触れた鷲巣の手が、予想すらしていなかったその言葉で凍りついた。 嫌な予感がして離れようとしたが、手首を強く掴まれた。 「破滅への恐怖に負けて、色仕掛けで攻めてきたつもりか?」 「なっ、何を馬鹿なことを!」 「金が尽きたら、その次はお前自身を賭けるというのはどうだ」 赤木のとんでもない要求に、周囲がざわめく。 鷲巣は混乱した。相手側の狙いは金のはず、なのにそれだけでは足りないと言うのか。 ことの成り行きを同じ卓で見ていた刑事は開いた口が塞がらず、仰木は呆然とした表情のまま煙草の灰が床に落ちても気付かない。 「このガキ……調子に乗るのもいい加減にしろ!」 鷲巣の背後に控えていた吉岡が、まるで主人を護るかのように前へ踏み出してきた。 「下がれ、吉岡」 「鷲巣様……しかし!」 「何度も言わせるな、下がれ!」 怒声と剣幕に圧された吉岡は怯えの色を見せ、無言で元の場所へ戻っていく。 鷲巣は赤木の手を振り解くと、再び椅子に深く腰掛けて高らかに笑い声を上げた。 目だけは赤木を鋭く見据えながら。 「わしを愚弄する言葉の数々、今のうちに詫びるなら許してやらんこともないぞ」 「……」 「どうだ赤木、ん〜?」 あくまで余裕を見せつつ問いかけたが、赤木は肩を揺らし低く笑った。 「詫びるつもりはない、俺は自分の思うままを口にしただけ。聞き足りないなら、何度でも言ってやる」 「ぐぅっ……!」 怒り、羞恥、屈辱。それらが鷲巣を支配して心を乱した。革手袋をはめた手を握り締める。 こいつだけは、この小僧だけは必ず殺す。 今までの若者達と同じように、特殊ルールの鷲巣麻雀で血を絞り取って殺す。 次にこの屋敷を出るのは、その身体が干乾びた時だ。生きて帰れるとは思うな。 生贄である若者は鷲巣巌の前で怯え、震え、そういう惨めな姿を晒さなければならない。 ただひとつの例外も無く、何の力も持たない下民は王の足元にひれ伏すべきだ。 ましてやこちらに牙を向けてくるなど、許されないこと。 なのにその有り得ない、あってはならない例外が現れた。 死を欠片も恐れない生意気な小僧、狂人、悪魔……赤木しげる。 有り余る豊富な財力、警察や政治家を操る権力、そして闇の王としてのプライド。決して揺らぐことなく鷲巣を支えてきたもの。 それらを全て失ったら最後、この目に映る何もかもが歪んで見えてくるだろう。 実際、すでにそうなりかけていることを、鷲巣は認めたくはなかった。 |