Fish ニセの言葉、ニセの怒り、ニセの勝負。 何もかも、うんざりだった。 終業時間まで、残り15分を切った。 隣で作業をしていた男が小さな悲鳴を上げたと同時に、弾けるような金属音が床で鳴った。 男はそれを慌てて拾い上げ、顔を上げた先で赤木と目が合うと気まずそうな顔で「すみません」と謝ってくる。 見るからに気の弱そうな雰囲気だ。この職場の中でもかなりタチの悪そうな3人組に目をつけられているらしく、 絡まれているのをよく見かける。決して愉快な光景とは言えなかったが、赤木は仲裁に入ったことはないし、入るつもりもない。 小さな子供じゃあるまいし、嫌なら嫌だとはっきりした態度を見せればいいのに。 変に逃げ腰になっているから、向こうもますます調子に乗るのだ。 あの手の連中は、弱い者の匂いを敏感に嗅ぎつけては格好の餌食にするのだから。 まあ結局、人間は誰にでもそういう部分があるので、一部の者だけを責めるのもおかしい話だが。 そして再び手元に意識を戻す。ひたすら単調な作業。これを毎日ずっと繰り返している。 沼田玩具という小さな工場で働きはじめて数週間が過ぎた。入ったばかりの頃は、年齢と釣り合わない髪の色について 色々と陰口を叩かれたりもしたが、バカバカしいので一切相手にせず、大して気にも留めなかった。 その結果、誰も何も言わなくなった。 今の自分はまるで、狭い水槽の中を泳ぐ魚だ。水槽を満たしているのは刺すような冷たさでも、肌を溶かすような熱さでもない。 何の痛みも刺激もない、ただのぬるま湯。そんな流れに身を任せて、赤木は曖昧に漂い続けていた。 煮ても焼いても食えない、あの悪徳刑事がセッティングした市川との対戦以来、巨額のかかった麻雀勝負はしていない。 求めているのは金ではなく、地に足のついたスリルだ。まさしく気が狂いそうになるくらいの。 13歳の頃、対抗するグループと繰り広げたチキンランを思い出す。 あの出来事がなければ南郷達が勝負をしていた雀荘へ入ることもなく、その後で矢木や市川と戦うこともなかった。 死ぬことは怖くない。しかし生きていれば、良くも悪くも未来に何が起こるか分からない。 あの時は少しだけ、このまま生きていくことも結構面白いかもしれないと思った。 全て仕組まれていたのだ、と感じたのは南郷と再会してからすぐのことだった。 連れられて行った先で見覚えのある黒服の男が現れ、赤木の前に立ちふさがる。 まともに働いて得る小銭では人生は買えないと言われた。 ああ、確かにその通りだ。先程受け取った、風が吹けば飛んでいきそうな薄っぺらい給料袋を見た瞬間はただ失笑するしかなかった。 別に、金に強い執着があるわけではないが。 込み上げてきた感情は、押し殺したような笑いとなって外に出てきた。 そして魚は再び泳ぎ出す。 心の奥底で望んでいた、燃えるような刺激と快楽の中を。 |