hands



少し大げさすぎじゃないだろうか。
そう突っ込みたくなるほど包帯が分厚く巻かれていく左手を、赤木は黙って見ていた。
十数分前、ひとりの人物が赤木の部屋のドアにもたれて立っていた。
寮の人間全てが寝静まっているような時間に誰だ、と思って近づいてみると同じ職場で働いている青年・治だった。
いつものように絡んできたチンピラ連中を片付けて帰ってきた赤木の手には、いつの間にか傷があった。 割れたビンを振り回された時、上手く避けたつもりが油断したようだ。
左手の甲に数センチ走った傷を見た治は夜中だというのに真っ青になって騒ぎ出し、 俺の部屋で手当てをしますと言いながら赤木をこの部屋へ招き入れたのだ。
こんな傷くらい、放っておいてもいずれ消えてなくなる。 しかし、手当てをしなければ大変なことになると何度も言われ、結局こういう状況になった。
大人しそうに見えて、意外に頑固な男かもしれない。
物騒な武器を持った連中に囲まれても動じなかった赤木が、何故か気圧されてしまった。
工場の仕事でも近くで作業することが多いせいか、接する機会は少なくない。
普段の生活でも仕事でも要領はあまり良くないが、その誠実で真っ直ぐな雰囲気はどこか懐かしさを感じさせるような。 よく似た雰囲気を持つ男に、赤木は昔会ったことがある。
過去のことを思い出しているうちに、手当ては終わった。
救急箱の蓋を閉じると、治は重いため息を落とす。

「どうして赤木さんは、いつも無茶ばかりするんですか」
「無茶?」
「夜中に寮を抜け出しては、大人数相手に喧嘩しに行くなんて……」

治はいつまでも帰ってこない赤木を心配して、あの場所で寝ずに待っていたらしい。
赤木自身は少しくらい寝なくても平気だが、おそらく規則正しい生活をしている治にはきついのではないか。

「次はこんな怪我じゃ、済まないかもしれないんですよ?」
「俺が怪我をしてもしなくても、気に留める奴なんて居ないさ」
「そんな……そんなこと、ないです!」

赤木の平然とした言葉に、治は必死の表情で反論してきた。
今が夜中だということを、多分また忘れている。

「赤木さんのことを気にかける人なら、ちゃんと居ますよ! 例えば……」
「たとえば?」
「えっと、そのっ」

急に口ごもる治の真っ青だった顔が、今度は真っ赤になる。面白い。
その様子を見ていると思わず表情が緩む。

「悪いな、手当てまでさせて」
「いえ、したいって言ったのは俺ですから……気にしないでください」
「早く寝ろよ」

包帯が巻かれた手を治の頭にそっと置いた後、赤木は立ち上がって部屋を出た。
薄暗い廊下を歩きながら、胸に再び過去がよみがえる。
治は似ていた。激しい雨の夜に雀荘へ迷い込んだ赤木を、ヤクザ達に兄の子供だと嘘をついて助けてくれた、あの男に。
たとえ他意があろうと無かろうと構わなかった。冷たく濡れた髪を拭いてくれた大きな手の温もりを、今でも覚えている。
治も、赤木の思い出に宿るあの男も、こちらの世界に巻き込むわけにはいかない。
関わっていくうちに、間違いなく何らかの危険に晒す羽目になってしまう。

あたたかい人生を送ってほしい。穏やかに、そして幸せに。




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2006/4/6