嫉妬と欲情 刑事という肩書きを持ちながら、ヤクザとも親しい胡散臭い男。 何の変化もなく、淡々とした退屈な日常を壊してくれると言った。 しかしその代わりに出してきた条件とは、見たことも聞いたこともない別の人間になりすますという、とんでもないものだった。 安岡のマンションは相変わらず物が散らかっていて、足の踏み場もない。 本人は大して気にしていなさそうで、靴下や服などを床へ脱ぎ捨てて何日もその場へ置きっ放しにする。 几帳面な平山には当然耐えられない。本来あるべきところに物がないと、気になって落ち着かないのだ。 とりあえず紙くずのようなものを拾い集め、まとめてゴミ箱へ放り込む。 家主である安岡はベッドの端に腰掛け、煙草を吸いながら平山の様子を眺めている。 「いつも悪いな赤木。ここまでひどいと、どこから手をつけていいか分からん」 赤木、とその唇が動くたびに、燃えるように激しい感情が胸を鋭く裂いた。 「俺と2人きりの時くらい、本名で呼んでくれよ」 冷静なふりをして隣に座ると、ベッドが微かに軋む。安岡の手を包むように触れて持ち上げ、中指の先を口に含んだ。 固めた決意が崩れるのが怖かった。こちらに向けられる訝しげな視線から逃れるため、平山は目を伏せる。 平山は嫉妬していた。安岡を虜にし続けている、赤木しげるという存在に。 それならこの身体で示し、与えればいい。 6年前の記憶を焼き尽くすような、生身の熱さを。 遠い過去が、ここにある現実に勝てるはずがない。 太く、しっかりした指の形を確かめるように、そこに舌を這わせていく。 息を震わせながら、ゆっくりと付け根から先端へ舐め上げる。そして再びたどり着いた指先を、控えめに噛んだ。 このまま安岡に組み敷かれる光景を想像すると、たまらない気分になる。 安岡にとっての自分は、金を稼ぐための手駒でしかない。 それを承知で組んだはずなのに、今になって割り切れていないことに気付かされる。 愛撫の名残が透明な糸となって安岡の指先と平山の下唇を繋ぎ、すぐに消えていった。 「お前……何て顔してやがる」 その声に反応して、つい目を合わせてしまう。安岡の言葉は、無意識のうちにすがるような表情を浮かべていた平山を責めているように思えた。 慣れない誘いは空回りして、ただこの身体ばかりが熱くなる。 こうして平山が不安になって焦るほど、安岡の胸に宿る赤木がますます色鮮やかによみがえってしまう。全てが裏目に出る、悪循環だ。 いくら外見を近づけて名前を騙っても、所詮は別の人間。その精神までを完全に似せることはできない。 どうしようもない苛立ちが、平山を蝕んでいく。 「さっきの、嫌じゃなかったんだろ」 「……何が言いたい」 「俺を、そういう目で見てたってことだよな?」 「いい加減にしろよ平山、1人になって少し頭冷やせ」 そう言ってベッドから立ち上がる安岡の腕を、平山は強く掴んだ。 「逃げるのか、安岡さん」 気が付くと、ベッドに押し倒されていた。平山の両足を抱え上げた安岡が、強引に覆い被さってくる。 想像だけでは分からなかった身体の重みに心ごと支配されて、動けない。 平山の耳元で息を荒げる、安岡の下肢に昂ぶりを感じた。 安岡が選んで買ってきた、どこに居ても目立つ白いスーツ。 上着すら脱がされていないのに、すぐにでも貫かれてしまいそうだ。 ズボンの布地越しに、ねじ込むように押し当てられる感触に気が狂いそうになる。 ひどい男だと思いながらも離れられない、離さないでほしい。せめて今だけは。 身体を使って必死に相手を繋ぎとめることが、どれほど自身の価値を下げる愚かな行為か。この時の平山には見えていない。 そんなものを意識する余裕すらなかったのだ。 |