理性の崩れる音 重なる借金に押しつぶされていた南郷に、賭博から足を洗う決意をさせた13歳の赤木が姿を見せなくなってから6年が経った頃、 思わぬ場所で再び赤木を見かけた。 工場で真面目に働いている姿を見て、あれは本当に赤木なのかと目を疑ってしまった。 中学生の身でありながらヤクザの代打ちをふたりも潰したあの天才が、地道に仕事をしていることがかなり意外というか、夢にも思わなかったからだ。 安岡が連れてきた青年との勝負を終えた赤木は仕事を辞めて行き場を失っていた。助けを求められたわけでもないのに、赤木の身を案じた南郷は少しの間だけ でもこの家に泊まっていくことを勧めた。せっかく久しぶりに会えたのだから、あっさり別れてしまうのは寂しい。 遅い時間に取った軽い夕食と、ほんの少しのアルコール。大人になった赤木と飲むのはどこか新鮮で、胸が弾んだ。酒の力で普段よりも饒舌になる南郷の話を、赤木は 時々うなずきながら聞いている。 しかし伝えたかったことを一気に出し切ったせいで、急に話が途切れてしまった。壁に背を預けて座ったまま、赤木は黙っていた。 酒と煙草の匂いに満たされた狭い部屋に、気まずい沈黙が流れる。時間と共に酔いが冷めていき素面になると、南郷は一方的に自分ばかり話していたことを恥じた。 「すまない、赤木」 「何が」 「勝手に舞い上がって、俺ばかり喋ってただろ……」 「別に構わないよ、そんなの」 赤木は吸っていた煙草を灰皿に押し付け、南郷のほうへ身を寄せてくる。子供の頃から整っていた顔は、すっかり大人びた男のものになっていた。 今のこの状況は、昔の赤木にくちづけを迫られた時と似ていると思った。あの頃の赤木はわずかな隙も見せず油断ならない子供だったが、 絡めた舌の動きは年相応に不慣れで拙いものだった。南郷が導いてやると、肩にしがみつきながら懸命に応えてきたのを覚えている。 そんな思い出に浸っていると、赤木が南郷の手に触れてきた。重なり合った部分がほのかに熱を生み出す。 色濃く浮き出た血管の上を指先で何度か軽く引っかかれ、不意をついて襲ってきたくすぐったさに両肩が跳ねた。 そんな素直すぎる南郷の反応を楽しむように、赤木は薄い笑みを浮かべながらそんな謎めいた行為を続ける。 その静かな目に真っ直ぐに見つめられると、そらすこともできない。まるで魅入られたかのように。 赤木の手は初めて出会った頃よりも大きくなっているが、色白なのは変わっていない。日に焼けた南郷の手と比べると、余計にその白さが際立っていた。 くちづけを求めてきた唇を拒むことはできなかった。赤木の温かく濡れた舌は子供の頃の拙さを感じさせないほど巧みに動き、南郷を翻弄した。 この6年の間に、何があったのだろう。赤木はいつまでも子供のままでいるはずもなく、こういう経験のひとつやふたつくらいあっても不自然ではないが。 くちづけの合間に漏れた赤木の短い吐息が生々しく感じて、意識せずにはいられなかった。 「どうしたの、南郷さん」 「いや、何ていうか、上手くなったなって」 「そうかな……」 赤木は苦笑するとあまり多くを語ろうとはせず、南郷の背中に両腕をまわしてきた。捕まえたと思う間もなくどこかへ消えてしまう赤木が、今だけはこうしてそばに居て、 布地越しにでも体温を感じられる。甘い気分に突き動かされて、赤木を強く抱き締めた。 これからどうしよう、と迷った。どうしたいかはもう決まっているが、赤木のほうはそれを望んでいないとしたら。そう考えるとなかなか踏み切れない。 6年前の雀荘でも赤木の言葉で背中を押されなければ、あの危険牌を切る勇気も出ずに自滅していた。こんなにも自分は臆病な人間なのだ。 もし赤木が昔を懐かしんでいる気持ちだけでこうしているなら、南郷は芽生えた欲望を心の奥に隠したまま耐えるつもりだった。 「昔、1度だけ俺を抱いたよね」 「ああ……」 「ねえ、今は?」 「えっ」 「今の俺のことも、抱きたいって思う?」 南郷の考えを見透かしているかのように、赤木は淡々とした口調で問いかけてきた。正直に言うと、再びその肌に触れて身も心もひとつになりたい。満たされるのが今だけ だとしても、何度抱いても赤木の心までは手に入らないとしても。 「お前が、許してくれるなら」 「俺の都合じゃなくて、あんたの意見を聞いてるんだけど」 「……抱きたいよ、お前と朝までずっと一緒に」 消え入りそうなほど小さい声で伝えると、赤木は身を離して南郷のネクタイを解き始めた。 「南郷さんの体温、思い出させてよ」 「あっ、赤木……!」 驚きなのか興奮なのか自分でも分からない状態で、南郷は赤木の名前を呼んだ。そして解いたネクタイを持ったままの赤木の唇を奪いながら、畳に押し倒してしまった。 「やる気充分だね」 こちらを見上げる赤木の言葉に、頬が燃えるように熱くなる。実は呆れられているのではないかと不安になった。 しかしここまで来た以上、後戻りはできない。 襟の陰から見えた首筋に唇を落とすと赤木の息が微かに乱れたのを、南郷は理性が脆く崩れ始めた中で確かに聞いた。 |