冬の朝





冬を迎えたこの時期、朝の冷え込みが厳しくなってきた。
特にこの老いた身体には相当きつい。厚めの布団に変えても、わずかに空いた隙間から冷たい空気が入り込んでくる。
同じ布団で寝ている赤木が、小さく呻きながら市川に抱きついてきた。性交を終えた後は結局裸のままで寝てしまったらしく、密かに触れた肌はすっかり冷えていた。 浴衣を着ている市川ですら寒さを感じるというのに、布団を被っているとはいえ下着すら身に着けずに寝てしまうとは。
そろそろ起きようと思っていたのだが、赤木は離れるどころか太腿をすり寄せてきたりで身動きが取れない。 本当にまだ寝ているのかどうかも怪しく、いくら揺すっても目を覚ます気配のない赤木に苛立ち、強引に肩を押して覆い被さった。すると聞き慣れた笑い声が上がる。

「おはよ、市川さん」
「やっぱり起きてやがったのか、とんだ狸寝入りだな」
「こんなの、いつものことだろ」

朝から怖い顔するなよ、と言って赤木は両腕を首にまわしてくる。生意気な子供の思い通りになるのは面白くなかったが、誘われるように顔を寄せてくちづけを交わす。 求められるままに舌を動かして絡め、更に深く貪る。
唇を離した後で手を赤木の下半身に滑らせる。まだ興奮の兆しを見せない性器の上辺りを指先で探ると、まだ生え揃っておらず柔らかい陰毛に触れた。 それは意識していないと気付かないほど控えめで、まるで産毛のようだった。
赤木の髪は生まれつき白いと聞いたが、やはり下のほうも同じ色なのかと思うと興味深い。しかしこの目ではどう頑張っても確認できないのが残念だ。
生えている部分を指先で軽く引っかくと、赤木はくすぐったそうに息を震わせて身をよじった。

「どうせ触るなら、もっと気持ち良くなるところにしてよ」
「何度も突っ込まれて喘いでるお前も、身体は本当にガキなんだな」
「そのガキの尻に突っ込んで喜んでるのは、誰だったかな……」

わざとらしくそう言うと、赤木は市川の股間に触れてくる。指や手の平が欲を煽るように動いているのが布地越しでも分かった。 夜ならともかく、この寒い朝からその気にはなれなかったので赤木の手を払うと立ち上がり、背を向ける。寝起きでぼやけていた意識はいつの間にか冴えていた。

「早く起きて支度しろ、学校あるんだろうが」
「だるいし寒いし、今日は行きたくない気分なんだけど」
「何甘ったれたこと言ってやがる、怠け者の相手なんざしてやらねえぞ」
「あんたと遊べなくなるのは困るな……しょうがない、行ってやるか」

布団から起き上がった赤木の足音が遠ざかっていき、部屋がようやく静かになった。
別に赤木の将来を心配したわけではない。朝から晩まで家の中をうろうろされると落ち着かないからだ。
それにしても、赤木は中学を出たらどうするつもりなのだろう。卒業後に高校へ進学するのは約半数ほどらしいが、赤木はその枠には入らない気がする。 とは言え社会に出て真面目に働く姿も想像できないので、ヤクザ相手に博打漬けの日々を送るかもしれない。それも負け知らずの驚異的な強さで。
市川との勝負以来、川田組は赤木を血眼になって探しているようだ。失脚した黒崎の代わりに若頭となった男が、赤木に熱を上げて行方を追っているという噂も聞く。 まだ中学生の身で、えらく人気者になったものだ。あの厄介な鬼の子を代打ちとして飼い慣らせるような人間は、この世に何人居るだろうか。
昨夜あれほど盛り上がった性交の余韻は、朝の冷えた空気でかき消されてしまっている。達した赤木が吐き出した青臭い精の匂い、触れた肌の温もりとなめらかさ。
孫と言っても差し支えないほどの子供との乱れた関係がどこまで続くかは分からないが、どうせこちらはいつ息絶えてもおかしくない年齢だ。そうなれば赤木は勝手に 離れて行き、やがて市川の存在自体忘れていくだろう。それが1番いい。こんな老いた負け犬に、若い赤木がいつまでも拘っている必要はどこにもない。
そう思っていると、準備を済ませたらしい赤木の足音が再び近づいてきた。

「そろそろ行ってくるよ」
「せめて朝飯くらい食っていけ、頭働かねえぞ」
「あんたが一緒じゃないと味気ないからさ」
「赤ん坊じゃあるまいし飯くらいひとりで……」

言葉の続きは赤木の唇に塞がれて途切れた。起きてから顔も洗わずに余計なことを考えているうちに、赤木が家を出る時間になってしまったようだ。 いつもなら前日の夜に家政婦が準備をしていったものを温め直して、赤木と共に食べるのだが。
じゃあね、と言い残して赤木は玄関に向かって歩いて行った。
行動の早さでは、若い上に目の見える赤木と比べるとどうしても劣ってしまう。外に出るなら盲人用の杖に頼り、周囲の音に気を付けながら慎重に歩かなくてはならない。
馬鹿げた遊びで視力を失った直後は地獄だったが、何十年も経った今では家事を除けば大抵のことは自分でこなせている。少なくとも、余計な同情を買わない程度には。
同じ屋根の下で赤木と過ごすことに慣れてしまった自身に戸惑いを感じながら、市川は重い布団を畳み始めた。




back




2007/11/25