乱れた浴衣





目が覚めると、柱時計は朝の6時をまわっていた。
起こそうとした身体はだるく重い。いつの間に眠ったのかすら覚えていなかった。
赤木が身にまとっている紺色の浴衣は市川のもので、風呂上りに着る服を探していると偶然見つけたのだ。 借りてもいいかと訊ねながら着ている最中、持ち主には不満そうな顔をされたがあえて知らない振りをした。
浴衣は子供の身体には大きいようで、着て歩くと裾を畳に引きずってしまい、袖も不自然に余る。 少しくらいおかしくても気にしない。市川はこの姿を見ることができないので、黙っていれば分からない。
どうせ着た後は布団に入って寝るだけなのだから。その時の赤木の頭ではそんな予定が組まれていた。
しかし、軽い気まぐれで一緒の布団で寝たのがまずかった。
狭い空間で互いの体温が触れ、混じり合った状態で何事もなく朝を迎えられるはずがない。 深いくちづけを交わし、その後は身体中の敏感な部分を舐められたりいじられたりして、 この上なく昂ぶった市川の性器に後ろから貫かれた。
最後まで赤木は浴衣を着たまま抱かれたので、無数の皺がついて胸元がだらしなく乱れている。 しかもふたり分の汗や精液を吸い込み、見た目にも酷いことになっていた。触れて気付いた持ち主からあれこれ文句を言われるのは確実だ。
隣の市川はまだ寝ている。今のうちに汚れだけでも落としておこうか。
そう思って布団から出ようとすると、いきなり手首を掴まれた。視線を動かした先では、市川が口の端に笑みを浮かべている。

「今朝はやけに早いじゃねえか、赤木」
「あんたが遅いだけだろ、年甲斐もなく頑張りすぎたせいで」
「……言ってくれるぜ」

低く笑う声。サングラスをしていないその目は何も映していないはずだが、明らかに赤木のほうへ向いていた。
赤木は時々思う。この男は確かに視力を失っているが、普通の人間には見えていないものを見ることができるのではないかと。
たとえば人の心、隠している脆さや欲望を。元から持っている資質や、長い人生の中での経験がそうさせたのか。
その深さが、まだ13歳の赤木を強く惹きつけた。こんな人間には、なかなか出会えるものではない。
あの勝負の夜以来、再会した後も赤木を警戒していた市川と身体を重ねる関係になるまでの道のりは、長く厄介だった。 いくら誘っても迫っても軽くあしらわれ、その度に苛立つ日々が続いた。 そんな経緯があるからか、ようやく市川がその気になった時の達成感は今でも覚えている。
市川の手が布団を捲り上げ、赤木の身体を探った。胸元から腰、太腿へ動いていく。昨夜の行為を思い出して、また熱くなりそうだ。

「朝からもうやる気になってんの……?」
「馬鹿、おかしな勘違いしてんじゃねえよ」

目を細めて、触れられる感覚を楽しんでいると市川が舌打ちをした。乾いた精液がこびりついた浴衣の布地を、指先でつまみながら。

「浴衣、汚しやがったな?」
「半分はあんたがつけた汚れだよ、市川さん」
「じゃあ半分はお前のってことだろうが」
「年寄りは理屈っぽくて困るな。まあ当たってるけど」

あんたの触り方がいやらしいから感じたんだよ、と言うと太腿の内側を舐められた。不意打ちだったので、小さく声が出てしまう。
大体、汚されるのが嫌なら無理にでも脱がせれば良かったのだ。頭の良いこの男なら、着たまま行為を続ければこうなることは 予想できたはずだ。
それとも脱がせる時間を惜しむほど、赤木との交わりに夢中になっていたのだろうか。
赤木のほうも、浴衣を汚さないように気を遣う余裕はなかった。

「ねえ……そのまま、もっと」
「もうお前に服なんざ貸さねえぞ」
「着たままのほうが燃えるんじゃないかと思ってさ、あんたが」

赤木の軽口は、市川の愛撫に興奮してきた性器に触れられて途切れた。先端の割れ目が、快感で濡れてきている。
こうなればもう止められない。赤木は朝から、再び浴衣を汚す羽目になった。




back




2007/1/12