しげみと矢木さん・3 少し前に降ってきた雨は次第に勢いを増し、窓ガラスを叩きつけるような音がする。 こんな時に仕事が無くて良かったと思いながら、俺は布団の中で寝返りを打った。 運が悪いといきなり夜中に呼び出される時もあるので、それが起きないことを祈るばかりだ。 眠気で目蓋がようやく落ちかけた頃、玄関のドアを何度か強く叩かれた。 しつこいノックの音に耐えかねてドアを開けると、外には赤木が立っていた。 このひどい雨の中をどのくらい歩いてきたのか知らないが、制服が大量の雨を吸って濡れている。 「傘も持ってないのに急に降ってきてこの有様。雨宿りさせてよ」 人にものを頼んでいるとは思えない態度だが、こんな状態の赤木を追い出すわけにはいかないので中に入れると、 玄関に居る赤木に乾いたタオルを差し出した。 赤木はそれを使って髪や顔を大雑把に拭いた後、ベストやブラウスを脱ぎ捨てた。 スカートが足元に落ち、引き締まった白い太腿が露わになる。 「おい、こんなところで脱ぐな……!」 「濡れた服着てたら風邪引くでしょ、別にいいじゃない」 目のやり場に困って赤木から視線を逸らしていたが、やがて風呂場へ向かっていく裸の赤木を目の端でとらえた。 それにしても男の前で平気で服を脱ぐなんて、あいつは本当にどうかしている。 風呂場から聞こえてきたシャワーの音に、激しいはずの雨音が薄くなって消されていく。 何よりも、俺の前に残された制服や下着をどうしよう、と本気で悩んだ。 シャワーを終えて出てきた赤木は、勝手に入った部屋で俺のシャツを見つけて羽織った。 サイズの大きな男物とはいえ、赤木が着ると太腿が半分やっと隠れる程度の長さしかない。 せめて下のほうも何か穿いてほしかったが、下着が無いからこれでいいと言ってきかないのだ。 ふたりきりの部屋で、そんな格好でうろつかれてはこっちが困る。 そんな心境をよそに赤木は、敷いてある俺の布団に遠慮無く潜り込んだ。 「お前、もしかして泊まっていくつもりか?」 「朝まで止みそうにないから、そうさせてもらうつもり」 「勝手に決めんじゃね……」 布団を首まで引き上げて目を閉じた赤木に、これ以上は何も言えなかった。 途切れた言葉を喉の奥にしまい込んで、俺は少し離れたところに横になる。 ひとつしかない布団を取られたので上着をかけ布団代わりにしたものの、やっぱりそれだけでは寒い。 赤木のやつ……こんな夜中に押しかけてきて、どういうつもりだ。 「こっちに来て、一緒に寝ない?」 「何言ってんだ、ひとりでそのまま寝てろ」 「雨に当たったから、身体が冷えたみたい……寒くて風邪引きそう」 「……」 「どうしても、だめ?」 まるで誘うような声で問われる。普段の生意気な態度からは想像もできない。 観念して赤木の布団を捲ると、開いたシャツの胸元から白い肌が見える。 そこから目を逸らしながら布団へ入り、赤木に背中を向けようとして俺は動きを止めた。 乱れたシャツの下から見えた赤木の肩には、大きな傷があった。 かなり目立つものだったので、それまでの文句や不満が吹き飛んでしまった。 別に同情するつもりはないが、10代の少女の身体にこんなに大きく目立つ傷は酷だと思う。 「その傷、どうしたんだ」 「少し前に、ちょっとした揉めごとがあってね。怒った相手に刃物で斬られた」 「一体どういう争いだよ、それって普通に傷害事件じゃねえのか」 「向こうの言い分が間違っていたから、私はそれを認めなかっただけ」 「もし死んだら、何にもなんねえだろ……」 「意思を曲げてまで、生きていたくないから」 命よりも自分が大事だと言って、赤木は肩の傷に触れた。 どうしてそこまで割り切れるのか。相手に腕や指を賭けさせるかと思えば、自分の命も惜しまない。 平山さんの忠告通り、こいつと勝負したらきっと潰される。そんな気がした。 そういえば知り合いの組長に場所を借りるとか何とか言っていたが、赤木はヤクザとも交流があるのか。 あの時は悪い冗談だと思っていた。正直言うと、今でもそうだと疑わない。 狭い布団の中で擦れ合った太腿に意識を奪われないように耐えながら、固く目を閉じた。 翌朝、目を覚ますと隣に赤木の姿は無かった。 心のこもった礼をしろとは言わないが、一言くらい声をかけていってもいいんじゃないか? ハンガーにかけて乾かしておいた制服などが無くなっていて、きれいに畳まれた俺のシャツが布団のそばに置いてあった。 少しシワになっているが、これは仕方がない。一晩中ずっと裸でいられるよりはいい。 それを手に取って持ち上げた途端、足元に紙の切れ端のようなものが落ちた。 赤木の名前の下に書かれている、携帯の番号とメールアドレス。 いらねえよ、と思いながらも何故かそれを捨てることはできなかった。 |