今すぐ会いたい 携帯の着信履歴から零の番号を探し出し、通話ボタンを押そうとした直前で指が止まる。 詐欺集団から金を取り戻し、それをテレビ局に送った後は義賊としての活動は幕を閉じた。 仲間内で打ち上げをして、それ以降は仲間内では連絡を取り合わないという約束をした。 それは零の発案で、いつまでも必要以上に固まって行動していると目を付けられやすくなり危険だということだった。 皆を護るため、という零の言い分も分かる。しかしミツルは納得できなかった。 ユウキやヒロシはどう思っているか知らないが、せっかく出会えた零ともう会えないのは悲しい。今回の件をきっかけに、ずっと続く関係だと思っていたのに。 淀んでいた日々に風穴を開け、新鮮な空気を送り込んでくれた恩人。もう生きていても意味がないと思っていたミツルを救ってくれたのだ。 そんな零と離れているうちに、生きているのか死んでいるのか分からない日々に戻ってしまう気がした。 もう会えなくなるのは嫌だと強く主張しなかったことを今更後悔した。 あの時、他のふたりは零の話を聞いて納得していたのに、自分ひとりだけ聞き分けない子供のような姿を晒したくなかったのだ。 しかし無理に格好付けて振舞っても、結局は何の得にもならなかった。 最後に会ってから1週間が経とうとしている。いつでもどこに居ても零のことばかり考えて、大好きなゲームにも集中できないほどだ。 会えないならせめて声が聞きたい、それすら許されないのならメールのやりとりだけでもと思ったが、やはり直接会わなければこの気持ちは満たされない。 声や文字だけのやりとりが続いても、きっと物足りなくなってしまうのだ。 どうにもならなくて絨毯の上に寝転んだ時、突然携帯が鳴った。慌てて画面を見ると全く知らない番号が表示されている。どうせ間違い電話か何かだろうと思って無視して いたが、あまりにもしつこく鳴り続けるので思わず舌打ちして通話ボタンを押した。 「はい?」 不機嫌全開で出てみると、向こう側は少しだけ沈黙した。かすかな息遣いが聞こえてくる。 こちらを女だと思っている変態男を想像して、心底腹が立った。 「お前一体誰だ、ふざけんなクソ野郎!」 『……ミツル、俺だよ』 名前を呼ぶその声を聞いた途端、ミツルは身を起こして携帯電話をしっかり耳に当て直した。 信じられないことが起きている、もしかするとこれは夢なのだろうか。 「零、まさか零なのか!?」 『ああ、夜遅くに悪いな』 「い、いや……大丈夫だよ、まだ11時だし!」 こちらも悩んでいるうちにこんな時間になってしまい、それでも我慢できずに電話しようとしていたのだ。しかもかけてきてくれたのが零ならば、たとえ明け方だろうが 深夜だろうが24時間ずっと大歓迎に決まっている。 『俺、これからは仲間内で連絡は取り合わないようにしようって言っただろ。そのほうが安全だからって……でも、少しだけミツルの声が聞きたくなったんだ』 「えっ、お、俺も零と話がしたいって思ってたんだ! 嬉しいよ!」 落ち込み気味だった気分が、強烈に盛り上がっていくのが自分でも分かる。 こちらから連絡したくても迷惑をかけるだろうと思って悩んでいたところに、まさか零のほうから電話をかけてきてくれるとは思わなかった。嬉しすぎてつい色々と口走ってしまいそうだ。 しかし先ほど、零だとは知らずに怒鳴りつけてしまったことを思い出した。会話を続けながらも罪悪感で胸が苦しくなり、こちらから話を切り出す。 「さっきはごめん。画面に零の番号出なかったから、誰からなのか分からなくて」 『いや、これは自宅からなんだ。ちょっと今は携帯使えなくてさ』 「そ、そうなんだ……」 今までは携帯の番号しか知らなかったが、これからは何かあれば自宅のほうに連絡を入れることができる。 零の家族が電話に出る可能性もあるので、想像するだけで緊張してしまう。 『元気だったか、ミツル』 「うん、まあね」 そう答えたものの、実際は寂しくて辛くて仕方がなかった。零に会うことができれば本当に元気が出てくるのに。 無茶を言って困らせるようなことはしたくなかったので、会いたいという正直な気持ちは口に出せなかった。 声を聞けただけでも嬉しいという気持ちと、声だけはでなく顔も見たいという気持ちの間で激しく揺れる。それでも、零が決めたことなのでもう覆らないだろう。 「携帯使えないってことは、メールもできないのかな?」 『そうだな、でもまあ普段からあまりしてないし……』 「だ、だめだよそんなの!」 会えない零との交流手段がひとつでも欠けてしまうのは辛い。しかし零のほうはそれでも別に構わないのだろうか。 たまにミツルの声が聞けるだけで充分で、それ以上は望んでいないのかもしれない。気持ちの温度差を思い知らされて、目の前が真っ暗になった。 「本当は俺、零に会いたい」 堪えきれずにそう言うと、電話の向こうの零は無言になった。困らせているのは明らかだが、もう後には引けない。 今度こそ自分の気持ちを正直にぶつけないと、このまま2度と会えなくなりそうな気がした。 「離れてからずっと零のことばっかり考えてた……できれば今すぐにでも会いたいんだよ!」 『ミツル……』 「でも零は、俺の声を聞ければそれで満足なんだろ! どうせ寂しいのは俺だけなんだ!」 『そんなこと……いや、とにかく落ち着いてくれないか』 落ち着けと言われても、卑屈で醜い叫びが止められなかった。こんなミツルに対して、機嫌を損ねて喧嘩腰にならない零は本当に凄いと思う。 怒るまではいかなくとも、年上の人間から子供のようなわがままを言われて鬱陶しいと感じたかもしれない。 『なあミツル、今から出てこられるか?』 「えっ……もう親も寝てるし、こっそり抜け出せるけど」 『お前の家の近くに公園あるだろ、そこで会おう』 「いいの!?」 両親を起こさないように家を抜け出し、指定された公園に向かうと零が先に来ていた。 電灯の下にあるベンチに腰かけて、じっとしている。零は走ってくるミツルに気がつくと、そばにたどり着くまでこちらを真っ直ぐに見つめていた。 「ご、ごめん! 待たせたかな」 「いや、俺が早く来すぎたんだ……」 零は小さく呟くと、ミツルが隣に腰かけるのを見てから口を閉ざしてしまった。実はあまり乗り気ではなかったのだろうかと不安になる。 聞き分けのないことを言うミツルに疲れて仕方なく……と思われているとしたら辛い。何もかも後ろ向きに考えてしまうほど、零の表情は暗かったのだ。 「わがまま言って、ごめん。俺って零を困らせてばかりだね」 さすがに深夜になると、上着を着ていても寒い。冷たい風が吹いてきて、零が小さく身震いをした。ミツルはそんな零の肩を抱き寄せると、そのまま強く抱き締めた。 「もう会えないと思ってた……嬉しいよ」 感極まり、抱き締める腕に更に力を込めて零の匂いと温もりを味わった。もうこのまま帰したくない。離したくない。 それまでは動かなかった零の腕が、ためらいがちにミツルの背中にまわる。まるで縋るようなその仕草に胸が熱くなった。 「本当は俺も、ずっと迷ってたんだ。もう連絡は取り合わないって自分から言い出したことだから、それをあっさり曲げるわけにもいかなくてさ」 「ぜ、零も俺に会いたかったのか……!?」 「お前のことが心配で、気になってた」 「また自殺するかもしれないって?」 ミツルが苦笑しながらそう言うと、零は黙り込んだ。ユウキやヒロシと比べて、ミツルは心配の種だったらしい。 必要以上に人と関わりたくない性格のせいで家にも学校にも居場所がなく、いつもひとりだった。クラスメートがいじめられていても見て見ぬ振りをして、家に帰っても ゲームばかりして家族とはまともに会話をしない。 ほとんど自業自得とはいえ、そんな暗い毎日を変えようとする努力すらしなかった。 「電話に出たお前の声を聞いて安心したけれど、今度は顔が見たくなってきたんだ」 零も同じことを考えていたという事実が嬉しくもあり、どこか信じられなかった。そんなに都合の良い展開があるわけないと思ってしまう。 「それでも何とか我慢しなきゃって思ったのに、お前が……!」 激しく責めるような口調で言うと、零はミツルの肩に顔を埋めた。電話の声は落ち着いていたので、まさかそこまで悩ませていたとは気付かなかった。 「なあ零、こうして会えるのは今日だけなのかな」 「これ以上俺に関わっていると、ろくなことにならないぞ……」 「それでもいい、零が危ない目に遭ったら俺が絶対に守るから!」 もう死ぬしかないと思っていたミツルに生きる力を与えてくれた零には、何かの形で恩を返したい。 賢い頭脳も優れた運動神経も持たない自分にでも、出来ることはあるはずだ。 「携帯使えるようになったら、またメールするからな」 「わ、分かった! 待ってるよ!」 他のふたりには内緒で、これからも零に会うきっかけを作ってしまった。 詐欺集団に存在が知られているので危険なことに巻き込まれるかもしれないが、零の姿や声が記憶から薄れて消えてしまうことのほうがミツルにとってはずっと辛いのだ。 |