俺の仲間がこんなに可愛いわけがない 突然零から連絡が入り、集合場所であるユウキの家に行くと衝撃的な展開が待っていた。 ミツルを始めユウキやヒロシが見ている前で零が大きな袋から取り出したのはセーラー服だった。 胸元の大きなリボンは派手な蛍光ピンクという、いかがわしい通販サイトに載っているような怪しい雰囲気を醸し出している。 しかもご丁寧に紺色の長い靴下まで用意されていた。これを見ているとミツルが通う高校の女子が着ているブレザーが、かなり地味なものに感じた。 呆然とする3人を前にして、零はかなり真剣な顔をしている。当然まだ、例のセーラー服を両手で掲げたままで。 「……で? お前にこんな趣味があることを、わざわざ知らせるために呼んだのかよ」 「そうじゃない。義賊として動くのに、必要になると思って手に入れたんだ」 刺々しいミツルの問いかけにも気分を害した様子もなく、零はようやくセーラー服を丁寧に折りたたんで袋の上に置いた。 要するに女装してヤクザの事務所辺りをうろついて情報収集、その他諸々を行うということだろうか。誰かがこれを着る羽目になりそうだが、ミツルは絶対に勘弁だった。 ユウキやヒロシも、明らかに引き気味な表情でセーラー服を眺めている。誰であろうと男の女装など気持ち悪すぎて、夢にまで出てきて延々とうなされそうだ。 零はこの中の誰かに女装の役目を押し付けるつもりに違いない。微妙な雰囲気の中、それを破るようにミツルが口を開く。 「零、お前が着ろよ。自分で勝手に決めたことなんだからな」 別に零の女装が見たいわけではない。初対面の頃からミツルは零を好ましく思っていないこともあり、ここで化けの皮を剥がしてやろうと考えたのだ。 ミツル達の自殺を邪魔した上に突拍子もない要求をしてきたりと、何を考えているのか読めない人物ではあるが、女装を好む奴だとは思っていない。 先ほど思った通り、零以外の3人の誰かに押し付けようとしているに決まっているからだ。しかも言葉巧みに、あの胡散臭い笑顔で。 「どうなんだよ、黙ってねえで何とか……」 「もちろん俺が着るよ。ミツルの言う通り、この作戦を考えたのは俺なんだから」 嫌そうな顔どころか、零はそう言って微笑んだ。拍子抜けしたミツルを前にして、零はセーラー服と靴下を手にして立ち上がった。 我に返ったミツルは、計画を見事にひっくり返されて唇を噛む。まさかこれほど素直に引き受けるとは思わなかった。本気で女装の趣味を疑ってしまう。 「よし、着替えてくるから待ってろよ」 部屋を出ていく零の後ろ姿を無言で見送り、ドアが閉まると3人で同時に顔を見合わせる。 「……ねえ、零ってば本当にあれ着るつもりなのかな」 「だから出て行ったんじゃねえの、ミツルがあんなに責めるから」 「おい、俺のせいにするなよ。あいつは最初からそのつもりだって言ってたじゃねえか」 そんなことを囁き合って数分後、再びドアが開いた。息を飲みながら向けた視線の先には、あのセーラー服と靴下を身に付けた零が居た。 やはり零は男だ。袖やスカートの裾から出ている手足には運動部の男子並みの筋肉がついており、サイズが小さいせいか、 普通に立っている状態でも引き締まった腹が見えている。お世辞でも本当の女の子のようだとは言えない格好になった。 しかし顔立ちはそれなりに整っているので、指をさして爆笑という流れにはならないのが不思議だ。 零本人は自分の格好をあちこち見ながら、真剣に考え込んでいる。スカートを捲り上げた途端に色気のない男物の下着が丸出しになり、余計に違和感が大きくなった。 「やっぱりあれか、化粧でもしたほうがいいか……」 「ぜっ、零……頑張ったのは分かるけど、やっぱり不自然だよそれ」 ユウキがもごもごと言いにくそうに指摘する。その横のヒロシも同意するかのように頷いた。 「なあミツル、お前は?」 「えっ」 「やっぱり不自然だと思うか?」 他のふたりの反応を確認した後、零はミツルに矛先を向けた。座っているミツルに何故か必要以上に迫ってきて、顔を至近距離まで近づけてくる。 似合っていない女装を全力で罵ってやろうと思っていたが、こちらを真っ直ぐに見つめる零の視線に全身が固まった。怯えているのではなく、あまりにも熱を帯びた 目をしてくるので、不覚にも動揺してしまったのだ。他のふたりにはそんな視線は向けていなかったのに、その女装以上に不自然すぎる展開になっている。 女装よりも、目が合った零の表情のほうが印象的に思えた。男のくせに長い睫毛、強い意志を感じさせるような曇りのない瞳。こんな顔立ちの奴がすぐ近くに、しかも 同じ目的を持った『仲間』の中に存在している。信じられないが事実だ。 自殺を邪魔された時から零が憎くて、偽善の裏に隠しているであろう薄暗い本性を暴いてやろうと思っていた。そのはずが、零からの呼び出しには何だかんだ言いながらも 応じて、零を挑発しても詰めが甘いせいか毎回はぐらかされてしまう。 零はひとりで空気も読まずにひねくれているミツルを、どうにかして自分の思い通りの手駒にしようとして、こんなふうに意味深な行動に出ているのだろうか。 どんなに酷いことを言っても怒らない、それどころかひとつの意見として受け止める。 おかしな方向にポジティブなのかどうかは知らないが、零に対してケチをつける度にこちらが悪者になっていく気がした。 「不自然どころか、そんな馬鹿げた格好で歩いてたら警察に不審者扱いされるぜ」 「そうか、やっぱり女装はやりすぎみたいだな」 深いため息をついてスカートを脱ぎ始めた零に驚き、男の生着替えなんて見たくねえんだよと言いながら、ミツルは零の肩を押して部屋の外に追い出す。 最近、零の行動に対して過剰に反応をしてしまうのは、零がやたらと絡んでくるせいだ。そう思わないと自分を保っていられない。 |