聖なる夜に サンタクロースなんて最初から存在しないと分かっていた。 例え良い子だろうが悪い子だろうが、実際に居ないものが自分の元に来るはずがない。 家庭内が冷え切ったのはいつからだったのか、あまりにも昔のことで考えるのも面倒だ。 もうすぐ日付が変わり、クリスマスイブは終わりを迎えようとしていた。翌日のクリスマス本番にも何も期待していなかったので、 無駄に騒がしく浮かれた街並みもテレビの特集も、毎年定番のクリスマスソングも全部うんざりだった。早く終わって静かになればいい。 1度でも本気で命を捨てようとした、卑屈で友達の少ない自分には関係ないことなのだから。 風呂に入るのも億劫で、だらだらとパソコンに向かっていた。検索サイトのトップページまでが派手なクリスマス画像で、嫌でも目に入ってきてしまう。 そろそろ電源を落として寝ようかと思っていた時、携帯からメールの着信音が鳴った。送信者を見てみると零からで、送られてきたメールを急いで開いた。 『こんな遅い時間に悪いけど、ちょっとだけ外に出てほしい』 時間などは別に構わないが、一体何の用だろうか。零なら大した用事でなくても会えるだけで嬉しい。 短いメールを読んだ後で了解の返事を送ると、上着を羽織って外に出た。外は真っ暗で、家の周りは不気味なほど静かだ。街のほうへ行けば、この時間でもまだ人が たくさん歩いているに違いない。おそらく見ているだけで胸焼けしそうなほどのカップルまみれだ。 息が白く染まって消えていくのを何度か眺めていると、塀の陰から零が姿を見せた。大きな袋のようなものを抱えながらこちらに近づいてくる。 「ミツル、久し振りだな」 「ぜ、零……!」 現れた零の笑顔や大きな袋よりも強烈に目に飛び込んできたのは、頭に被っている帽子だった。先端にふわふわの白いものがついた、赤い三角帽。まさしくサンタクロース が被っているものと同じで、もしかして零はここに来るまでずっとそれを……と思わず想像してしまった。この時期なので、意外に周囲にも溶け込むような気もしたが。 「ああ、この帽子か? クリスマスだし、面白いかと思ってさ。実はお前の分もあるんだ」 零はそう言ってどこからか赤い三角帽を取り出すと、有無を言わさずミツルの頭に被せた。男ふたりが三角帽を被って向かい合っている光景は、かなり異様かもしれない。 これはお前にプレゼント、と言いながら零が先ほどの大きな袋を差し出してきた。気になって中身を開けると、長靴の形をした入れ物の中に大量の菓子が詰め込まれている、 コンビニなどでもよく売られているものだった。 「……これ、俺にくれるの?」 「ゲームソフトならお前はたくさん持ってるし、何を渡せばいいのか迷ってさ。それなら食えば残らねえから無難だろ」 「でも俺、零に何も用意してなかったよ」 「いいんだ、これは俺の自己満足なんだから」 照れたように言うと零は微笑んだ。子供向けの商品には違いないが、零が色々考えて探してくれたのだと思うと温かい気持ちになる。それと同時に、どうせ会えないと思い込んで、零に 何のプレゼントも用意していなかった自分が情けなくて、腹立たしかった。もてそうな零はイブを別の誰かと過ごすのかもしれないと思い、誘うのをためらってしまったのだ。 「夜遅くに押し掛けてごめんな、プレゼントも渡せたし俺はそろそろ」 「ま、待って!」 こちらに背中を向けようとした零の手を、思わず掴んでしまった。この寒い中せっかくここまで来てくれたのに、すぐに別れてしまうのは寂しい。 「よかったら俺の部屋で暖まっていってよ。このお菓子も一緒に食べよう」 「えっ、いいのか……?」 「イブはもうすぐ終わるけど、クリスマスはまだ1日あるから。少しの時間だけでも零と過ごしたいよ」 終電の時間が気になったが、零はここまで自転車で来たらしい。手袋もなしで冬の冷たい夜風に当たりながらの運転だと、相当寒かっただろう。 ミツルは玄関のドアを開けると、零の背中をそっと押して導く。ミツルの部屋以外の電気は消されているので薄暗いが、雪がちらちらと降り始めた外よりはずっと暖かい。 再び触れた零の手はすっかり冷え切っていて、触るとその温度がすぐに伝わってきた。散らかり気味の狭い部屋でも、零の身体を温めることくらいならできる。 キリスト教徒でもなく、サンタクロースも信じたことはない。 それでもこうして零に会えたことが、ミツルにとっては最高のクリスマスプレゼントだった。 |