Duet





少し遅れてユウキの家に着いて部屋に入ると、零がいつもの胡散臭い笑顔で1枚の紙を差し出してきた。
それは駅の近くにオープンしたばかりのカラオケ店のチラシで、飲み放題プランもついてかなり安い料金となっていた。 ファミレスで喋るばかりでは味気ないので、たまには違うところに行ってみようかと零が提案し、ミツルが着く前にそういう運びになったようだ。
冗談じゃない。今日は普通の話し合いだと思って足を運んだというのに、騙された気分だ。

「俺は行かねえよ、カラオケなんて」
「ミツル、こういうの苦手なのか?」
「あんなのどこが面白いんだよ、飲んで騒いでうるさいだけじゃねえか」

舌打ちをしてチラシを零に押し付ける。この時点で空気の読めない奴だと思われたかもしれないが、今更なのでどうでもいい。
以前、カラオケ店で行われたバイト先の先輩の送別会を思い出す。大勢で騒ぐのが苦手なので行きたくなかったが、こんな自分にも親切にしてくれた先輩だったので、 散々迷った末に参加することにした。
同期の男に1曲くらい歌えと言われて渋々歌ったものの皆お喋りに夢中で誰も聞いておらず、曲が終わるまでの約4分間は空しさを通り越して辛すぎて死にたくなった。
しかもミツルがトイレから戻ってきて再び部屋のドアを少し開けた途端、例の先輩がミツルの悪口を言っているのを聞いてしまい誰も信じられなくなった。
あんな惨めな気持ちになるのはもうごめんだ。上っ面だけの優しさには嫌気が差した。いつでもどこでも、こんな根暗な自分など必要とされていないのだ。
押し付けられたチラシを手にしたまま零は、こちらに更に1歩踏み込んで顔を近づけてきた。

「もしかしてミツル、カラオケ行ったことあるのか?」
「えっ……ああ、一応」
「俺もユウキもヒロシも行ったことないから、色々教えてくれないかなと思って……俺達に」
「はあ!? 行ったこともねえのに先導して盛り上がってたのかよ」

初対面の日に『その命をくれ』と言った時と同じ調子で要求してくる零に、呆然とした。
零の背後を見てみれば、ユウキとヒロシが期待を込めた眼差しをミツルに向けている。
この逃れられない雰囲気に圧倒されて、結局4人でカラオケに行くことになった。


***


店員に個室に案内され、ふたり掛けのソファにそれぞれユウキとヒロシ、テーブルを挟んだ向かい側に零とミツルが座った。 自分から好きで零と座ったわけではなく、空いていたのがそこしかなかっただけだ。少しだけ距離を置いて腰掛ける。
個室に案内してくれた店員にそれぞれ飲み物を頼むと、ミツルは曲の探し方や機械の使い方などを3人に説明した。 理解したらしいヒロシが早速アニメソングを選曲して歌い出す。曲に合わせて笑顔で手を叩く零につられて、遅れてユウキも同じようにし始めた。 ミツルだけが雰囲気に乗れず、熱唱するヒロシや手拍子をする零とユウキを無言で眺めていた。少し音量が大きめに設定されているせいか、余計に騒がしい。
愛想良く周りに合わせられない自分は、見放されてもおかしくはない。あの先輩に続いて、この3人にも。 自殺サイトで知り合った、死に損ないの集団。零の目的に付き合わされている、これは友情と呼べるのだろうか。 誰からも愛されず、誰かを愛したこともないミツルの心にそんな疑問が生まれた。
やがて隣に座っているユウキまで巻き込んで熱唱し続けたヒロシがトイレに行くと、零が曲名の載った分厚い本を捲り始めた。この隙に何か歌うつもりなのかと思って いると、どこかのページを開いてミツルに見せてきた。

「なあ、この曲聴いたことあるだろ」

零の指先が示している曲名を見ると、確かに聴いたことのある曲だった。それどころか家で何度も繰り返して聴いた。
それを零が何故知っているのかと言えば、確かに心当たりはある。 数日前にこの曲のCDを手にしてレジに向かう途中、商品棚の陰から零が現れて声をかけてきたので、その時に知られたのかもしれない。
これを歌えと言われるのかと思い、ミツルの脳内であの送別会の悪夢がよみがえった。
絶対に嫌だ嫌だ嫌だ、と念じていると目の前の空間が不気味に歪んで見えた。
しかしそんな悪夢も、遠慮のかけらもなく迫ってくる零の笑顔で砕け散る。

「これ、俺と一緒に歌わないか?」
「……えっ?」
「ユウキとヒロシもふたりで歌ってたしさ、俺達も一緒に、な?」

いや、明らかにユウキは強引に付き合わされていた。零にはあれが仲良く歌っている光景に見えたらしい。 この男のおめでたい思考回路はどうなっているのか、本気で知りたい。
ひとりで歌うのは勘弁だが、零も歌ってくれるのならあまり目立たなくて済むかもしれない。自信のない部分は適当に口だけを動かしておこう。
もうすぐヒロシが戻ってくるので、その前に入れてしまえばアニソンメドレーに巻き込まれていたユウキも一休みできるだろう。
ミツルが教えた通りに零が選曲すると、すぐに画面に曲名が現れて音楽が流れ始めた。何度も聴いているが歌ったことはないので不安だったが、一緒にマイクを持った 零の横顔を見ていると何故か気持ちが楽になっていく。
手拍子してくれるユウキ、すぐ横で共に歌う零。大勢の中に居ても常に襲ってきていた孤独感も、今日だけは不思議なほど感じなかった。




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2009/2/18