この世界でひとりだけの ユウキが零の隣に座るのは何度目だろう、と思った。 ファミレスに着いて席に案内されると、零が窓際に座った途端ユウキがその隣に滑り込んだ……ように見えた。 メニューを穴が開くほど見つめているヒロシの隣で、ミツルは大きくため息をついた。 斜め前でも零を見つめることはできるし、隣よりも向かい側のほうが話しやすいのだと自分に言い聞かせながら、寂しさを紛らわせる。 目の前では零とユウキが楽しそうにメニューを覗いているのに、さきほどからヒロシがメニューを独り占めしているせいでミツルは注文する料理を選べずにいた。 普段はいい奴だと思うが、アニメと食べ物のことになると夢中になって周りが見えなくなってしまう。 仕方ないので、向かいのふたりが選び終わったら見せてもらおうとして待ち続けた。 「ねえ零、どれにする?」 「そうだな、何か軽いもので。サンドイッチとか」 「えー、あるかなあ」 「あるって、この前載ってたし」 ふたりとも、妙に顔が近い気がする。少しずつ醜い苛立ちが生まれてきて、ミツルはそれを隠すのに必死だった。相変わらずヒロシは、カレーとハンバーグのどちらかで 延々と迷っている。4人で来たらメニューは零とユウキのように、隣同士で一緒に見たりするものだと思うのだが、こうして友人同士でファミレスに行く機会がなかったため自信がない。 ようやくヒロシが手放したメニューを開いた頃、他の3人はすでに注文するものを決めており、後はミツル待ちという気まずい状態だった。ミツルは適当に選んで、店員を呼ぶ。 零とユウキの仲良し具合がどうしても気になり、皆で雑談をしていてもどこか上の空だった。しばらくして運ばれてきた料理の味は、あまり分からなかった。 店を出ると零やヒロシと別れ、ミツルはユウキとふたりきりになってしまった。ユウキはいつも通り、何事もなかったように話しかけてくる。 もしかするとユウキは、零に仲間以上のよからぬ感情を抱いているのだろうか。自分だけだと思って、すっかり油断していた。 「なあユウキ、お前零のことどう思ってんの」 「どう、って大切な仲間じゃん?」 笑顔で答えるユウキの言葉が、いまいち信じられなかった。素直に納得していればこの場は平穏に収まるはずだが、ミツルは尋問に近いような口調で続けた。 「最近ファミレス行くとさ、真っ先に零の隣座ってねえか?」 「そう? あんまり意識してなかったけど」 「さっきだって隣に座っただろ」 「だから偶然だってば」 意識せずに毎回零の隣を狙えるものだろうか。ミツルがいくら頑張っても、最近はユウキに先を越されてしまうのに。 しつこくミツルが質問を重ねているせいか、ユウキの表情が固いものになっていく。ここまでしておいて、ユウキは本当に零のことを大切な仲間としか思っていなかったら、何と言って謝ればいいのか。 密かに抱いている零への気持ちは、ユウキやヒロシには伝えていない。同じ男を好きになったと知ったら、たぶん引かれるに決まっているからだ。ふたりが例え長年付き合いのある友人だとしても、なかなか打ち明けられることではない。 「そんなに零の隣に座りたいなら、そうすればいいじゃん」 「できないから、こんなことになってんだよ」 「……やっぱり今日のミツル、おかしいよ」 ユウキの言う通り混乱していた。ユウキを責めれば責めるほど、自身の心の狭さに情けなくなってくる。この場から一刻も早く逃げ出して、ゲームのように全てリセットしてなかったことにしたかった。それが叶わない現実が辛い。 ごめん、と呟いてユウキに頭を下げた。本人が偶然だと言っている以上、もう責められない。 数日後、皆でまた馴染みのファミレスに行った。 前のことがあるので気まずかったが、ユウキはミツルに気を遣ったのか今度はヒロシの隣に座った。窓際に座ったミツルの隣には零が来て、嬉しさと戸惑いで胸がいっぱいになる。 そして向かいの席のヒロシは今日もまた、メニューを独占していた。 「おいヒロシ、俺にも見せてくれよ」 「い、今選んでるからちょっと待って……」 「真ん中に置いてくれないと、俺が見れないだろ」 はっきりとユウキがそう言うと、ヒロシは渋々ながらメニューをテーブルに広げる。それを見たミツルはあの時自分もそうすれば良かった、と悔やんだ。 零とユウキが気になって、そこまで頭が回らなかった。 やはり何事も待っているだけではいけないと思った。零のことも含めて。 深くため息をつくと、すぐそばから零の声が聞こえた。 「お前はどうするんだ、ミツル」 「どうするって、いつか正直に伝えなきゃって思ってるけど」 「いつかじゃなくて、今決めろよ」 「そんなこと言われたって心の準備が……って、え? 何!?」 我に返って顔を上げた先には、零が呆れたような顔でミツルを見ていた。どうやら零は、どれを注文するか早く決めろと言っているようだった。 「寝ぼけてんのか、こんな昼間から」 「いや、大丈夫だよ、ごめん」 「後はミツルだけだぞ、決めてねえの」 またしても前回と同じ、気まずい流れになってしまった。皆を待たせてはいけないので、慌ててメニューに視線を落とす。 あまり空腹ではないので飲み物を選んでいると、ユウキが零の名前を呼んで話しかけていた。 「そういえば零、この前貸した漫画もう読んだ?」 「ああ、あれ結構面白いな。雑誌で途中からしか読んだことなかったけどさ」 「良かったら続きも貸すよ、俺は何度も読んだから」 メニューに載っている飲み物が全て同じものに見えてしまい、集中できなくなっていた。零とユウキが何気ない会話を交わしているだけで、心が乱れてどうしようもない。 結局どの席に座っても行き着くところは一緒だった。ユウキは零の隣ではなくても、共通の話題でこれほど盛り上がっている。おそらくミツルよりは要領も良く、人付き合いの上手そうなユウキには一生勝てないだろう。 それを実感して悔しくなり唇を噛むと、ミツルは飲み物を決めていないのに席を立った。皆の視線が一斉にこちらに集まる。 「零、ちょっと通して」 「どこ行くんだ」 「……俺は後でいいから、みんな先に頼んでてよ」 少しの間ひとりになって頭を冷やしたかった。他の席に座って談笑している主婦達の横を通って、トイレに駆け込む。 個室には入らず、入り口付近の壁に背を預けながら何とか自分を落ち着かせようとする。 ユウキに気を遣わせて零に不審がられて、今日はもう散々だ。 「ミツル、大丈夫か?」 ドアが突然開いて零が入ってくると、涙が浮かぶ目を慌てて擦る。こっそり泣いていたと思われないように無理矢理ごまかした。 「何でもないよ、すぐに戻るから」 「泣いてたのか?」 「ち、ちがうよ」 「隠すなよ、お前のことならすぐに分かる。話聞いてやるよ」 ミツルの手に触れて握った零が、穏やかに微笑む。何もかも見透かされているというのに悔しいとも腹立たしいとも思わず、むしろ嬉しかった。 この世で零だけがこんな自分の理解者なのだ。零が分かってくれるのならば、後は他のどこの誰にも理解されなくても構わない。 今まで何の夢も希望も見出せないまま生きてきた、閉鎖的で淀んだ世界から救い出してくれたのだから。 しかし零と仲良くしているユウキを見て、嫉妬していたとは言えない。どうするべきか。 「メールでも電話でも、後でふたりで話ができるところに行ってもいい。ここじゃ人も来るし落ち着かねえだろ」 「ありがとう……嬉しいよ、零」 「俺はいつでも、お前の力になるからな」 その言葉で、今まで渦巻いていた不安が一気に吹き飛んだ。悪い方へと考えすぎて、勝手にユウキを敵視していた。義賊として危険なことを乗り越えてきた仲間なのに。 他の客がドアを開けて入ってきた途端、お互いに慌てて手を離した。零と真っ直ぐに目が合うと頬が熱くなってしまう。 優しい零を独り占めしたいと何度も思ったが、たぶん零は何があっても露骨にミツルを特別扱いしたり、ユウキやヒロシを素っ気なく切り捨てることはしない。もし危険な目に遭っていれば全力で守ろうとする。 そんな零だからこそ、こうして好きになったのかもしれない。 |