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放課後 立ち寄ったコンビニの中は涼しく、蒸し暑い外と比べるとまさに天国だ。 放課後に駅前で待ち合わせていた零と合流したものの、あまりの暑さにミツルは身も心もすっかり参っていた。 学校に通っているかどうかも謎な零の制服姿は見たことがない。今日もジーンズにTシャツといった私服だった。 ミツルが授業を受けている昼間は何をして過ごしているのか気になる。 約束していたゲームセンターに行く前に、何か冷たいものでも食べようと言い出したのは零だった。 十数秒に一回は暑い暑いとぼやいているミツルとは違い、零はそれほど暑そうには見えない。もしかすると堪え性のないミツルに気を遣っているのだろうか。 年下にそんなことまでさせてしまうとは情けない。主導権を握るとまではいかなくても、せめて年上らしく振舞いたかった。 レジの前にはひときわ涼しげに見える売り場があり、そこへ行くと様々な種類のアイスクリームが並んでいる。 すぐそばで、女子高生達が大騒ぎしながらアイスを掴んで去って行った。 「ミツルは何にするんだ?」 「えっと、俺は……」 バニラ味にチョコレート味、甘酸っぱそうな果物系も捨て難い。迷っているうちに隣の零が、ソーダ味のアイスを手に取ってレジに向かって行った。 すっかり置いていかれたミツルは、焦りのあまり零と同じものにしてしまおうと思ったが、違うものにしたほうが後で味見をし合ったりできるかもしれない、 という下心が浮かんだ。目移りした結果、美味そうなソフトクリームを手に取って自分もレジへ急ぐ。 会計を済ませた後、辺りを見回すと零は雑誌売り場で立ち読みをしていた。 野球やボクシングなどのスポーツ漫画を多く掲載している、少年向けの週刊漫画雑誌だ。零が今読んでいるのは、タイトルだけは聞いたことのあるサッカーの漫画だった。 「あ、ミツル……悪い、もう少しで終わるから」 「いや、気にしないでゆっくり読みなよ」 まるで立ち読みを推奨しているようで妙な気分だったが、零があまりにも真剣に読んでいるのでついそう言ってしまった。 ミツルの家にあるゲームにも夢中になっていたし、零にも年相応なところがあるのだと思ってどこか安心していると、雑誌売り場の端を見て息を飲む。 並んでいる表紙からして他とは違う雰囲気を漂わせているそこは、成人向け雑誌コーナーだ。 未成年者が読まないように配慮しているらしく、どの雑誌にもビニールの帯がかかっていた。 帯のかかっていない本屋でいつも立ち読みしている雑誌の最新号が気になって仕方がない。 今月号の表紙にはもう名前を覚えてしまった何人かの漫画家の名前と共に、大胆に肌を露出させた淫らな女教師の絵が描かれていた。 そんな雑誌を零の隣で立ち読みするのは気が引ける。制服姿の今、買おうとしても多分売ってくれないだろう。 少年漫画に夢中になっている零に比べると、自分がとんでもなく汚れた存在に思えた。 「読み終わったし、そろそろ行こうぜ」 「えっ、ああ、そうだね」 読んでいた漫画雑誌を閉じた零にそう答えながらも、例の雑誌から視線を外せない。 そんなミツルの様子に気付いたのか、零は雑誌とミツルの間で何度か視線を動かしては意味深な笑みを浮かべた。 「それ、俺が代わりに買ってきてやろうか」 「えっ?」 「さすがに制服じゃ買いにくいだろうしさ、俺なら私服だから問題ねえだろ」 「そ、そんな! いいよ別に!」 何のためらいもなく雑誌を手に取る零を見て、ミツルは慌てて拒否する。 健全な少年漫画を好んで読むような零に、表紙からしていかがわしい雑誌を買いに行かせてしまうのは心苦しい。 零はこういうものを買い慣れているのか、それとも度胸があるのか。しかし成人向けの雑誌を買い慣れている零というのは想像できない。 というより、したくなかった。零は健全な少年漫画しか読まないという清らかなイメージを、ミツルは脳内で勝手に固めていたからだ。 熱狂的なファンが、お気に入りのアイドルに抱く幻想と似たようなものかもしれない。 「遠慮するなよ、ずっとこれが気になってたくせに」 「そんなことないって! 俺はいつも零のことばかり考えて……」 そこまで言うと、我に返ったミツルは凍りついた。感情任せにかなり大きな声で叫んでしまったので、周囲の空気がおかしなものになっている。 店員も他の買い物客も、皆こちらに視線を向けていることに気付く。正面の零も呆然としており、恥ずかしさのあまり混乱したミツルは、 自分でも意味不明の声を上げてひとりで店を飛び出した。 ちょうど信号が青になっていたので横断歩道を走って渡る。手に持っているソフトクリームが入った袋が、がさがさと耳障りな音を立てて激しく揺れていた。 全力で走り続けていたつもりが、身軽で運動神経の良い零にあっという間に追いつかれてしまった。腕を強く掴まれてようやく足が止まる。 部屋でふたりきりの時ならまだしも、他の人間も大勢居るコンビニの中であんなことを言ってしまった。本心から出た言葉には違いないが、たまらなく恥ずかしい。 「俺を置いてくなよ、ミツル」 「もう俺、あのコンビニ行けないよ……今頃きっと笑われてるんだ」 「店の人だって忙しいんだから、笑ってる暇なんかねえって」 「でも……恥ずかしいよ、バカだよ俺」 涙が浮かんできた目を隠すように俯くと、ミツルはその場にしゃがみこんでしまった。この蒸し暑さで、袋の中のソフトクリームは溶けてどろどろになっているだろう。 あの場に居た店員や客が、ミツルの愚かな行為を笑っている妄想が頭から離れなかった。勢いでうっかり口走ってしまったことなので、他の誰かを責めることはできない。 零まで巻き込んで恥ずかしい目に遭わせてしまったことが、たまらなく辛かった。 「大丈夫か?」 しゃがんだミツルと目の高さを合わせているらしい、零の声がすぐそばで聞こえる。顔を上げると零が穏やかな笑みをミツルに向け、震える肩に優しく触れてくれた。 そんなに優しくされると、ますます涙が止まらなくなってしまう。 「ごめんよ零、迷惑かけて」 「水臭いこと言うなよ」 零の力を借りて立ち上がり、ミツルはゆっくり歩き出す。 情けないことに自分はこうして、いつも零に助けられている。 排ガスでの自殺を邪魔された時は腹が立って思わず怒鳴りつけたが、命を繋いだおかげで新鮮な空気を吸うことができた。 作り物のゲームとは違う、義賊として味わった生々しいスリルも。全て零のおかげだ。 「そういえばお前が欲しがってた雑誌、置いてきちまった」 「いいんだよ、もう。俺は零が一緒に居てくれるほうが幸せだから」 「さっきはあんなに恥ずかしがってた奴とは思えねえな……」 小さく呟いた零の頬は、微かに赤く染まっている。 ふたりきりだと、こんなにも堂々と気持ちを伝えられるのが不思議だ。 実際は閉ざされた密室ではなく歩道の真ん中だが、近くには誰も居ないので細かいことは考えないようにした。 |