悲しい夢の後で 身体が激しく痙攣すると同時に目が覚め、視界には薄闇が広がった。 隣の布団ではミツルが寝息を立てている。零はなるべく音を立てないように身を起こす。 今夜はミツルの家に泊まりに来ており、寝る前は一緒にDVDを観たりテレビゲームをしたりと盛り上がった。 こんな日々がずっと続けばいいと思う。改めてそう思ったのはミツルがひとりで遠くに行ってしまう夢を見たからだ。もう戻ってこない気がして、必死で追いかけたが 結局追いつけずに零は置き去りにされた。 出会いのきっかけは決して穏やかなものではなかったが、たとえ大人になってもこうして楽しく笑い合えるような関係でいたい。ミツルが拒まない限りは。 ミツルを起こさないように気を付けていたが、薄着で寝ていたのが悪かったのか1度くしゃみをしてしまった。慌てて口を押さえてみたものの、ミツルは小さく 声を漏らしながら布団の中でもぞもぞと動き、零のほうに顔を向けた。 「どうしたの零、寒い?」 「いや、大丈夫だ。起こして悪かった」 薄闇の中でミツルの低い声が優しく響く。見ていた夢の内容は言えない。口に出せばそれが現実になってしまうかもしれないという恐怖を感じた。 起きたままだとミツルに心配をかけるので、すぐに再び布団に潜り込もうとすると、 「あのさ零、もし良かったら……嫌じゃなかったら、俺と一緒に寝ない?」 ミツルはそう言うと零を迎え入れるために、布団の端をめくって誘う。 その言葉に、何度も味わった温もりを思い出して身体が疼いた。あんな夢を見た後なので、身も心も普段より一層強くミツルを求めている。 拒む理由は何もないので、ミツルの布団に近づき潜り込む。男ふたりが身体を寄せ合って入った布団は、想像よりも狭くて不自由だった。それでもミツルの温もりが零の 心をとらえて離さない。抱いていた不安は次第に薄れ、癒されていく。甘い気分が高まり、ミツルの肩にしがみついた。 「なあミツル、お前は俺を置いていったりしないよな?」 「……え、ああ」 問いかけると眠そうな声でそう返ってきて、零は苦笑した。あれから少し時間も経っているので、ミツルは眠りかけていたのかもしれない。そんな時に邪魔をして申し訳 なく思うと同時に、ミツルなら零が思い描いていた言葉を返してくれるという勝手な期待が空振りになり、気が抜けてしまった。 しかし起きている時に改めて問うようなことでもない。今の気持ちや雰囲気だからこそ、ミツルの返事を聞きたかったからだ。 零は口を閉ざし、ミツルを起こさないように少しずつ動いて背中を向ける。この布団から出るつもりはないが、ミツルに勝手な期待を押し付けた自分が恥ずかしくなった。 完全に背を向けた途端、急に後ろから抱き締められて驚いた。ミツルの逞しい腕が胸元にまわってきて、より強く密着する。 「俺と一緒に寝るの、やっぱり嫌だったかな……」 いつもの口調で、ミツルが耳元に囁いてきた。今更そんなに優しくされても困る。もう1度あの問いを繰り返す気分にはなれない。 「別に嫌じゃねえよ、ずっと同じ向きでいるのが落ち着かなかっただけだ」 「えっと、さっき俺に置いていくとかいかないとか、言ってた気がするんだけど」 「気にしないで、もう寝ろよ」 「怖い夢でも見た? だからさっき起きちゃったのかな」 どんなに素っ気なくしても零を離そうとしないミツルに根負けして、背中を向けたまま先ほどの夢の内容を語った。自分がどれだけミツルに依存しているかどうかを明かして いるようで恥ずかしかった。 今までは義賊のまとめ役として冷静に振る舞ってきたはずが、全て台無しだ。 「俺はずっと零のそばに居るよ、離れたりなんかしない」 聞きたかった言葉が、背中を向けてしまっている状況でミツルの口から出てきた。子供をあやすように頭を撫でられて、意地も何もかも崩れてしまいそうだ。 我慢できずに身体を動かして再びミツルに向き合う。とはいえ薄暗いこの部屋では、はっきりとその顔を見ることはできないのが歯がゆい。 「俺と一緒に居ると、詐欺集団の奴らに狙われるかもしれねえぞ。それでもいいのか」 「それでもいい、零と会えなくなるのは耐えられないよ」 布団の中で、ミツルが零の手を包み込んで握る。ここまで真っ直ぐに好意を示されて、冷たく拒絶することなどできない。そんなことができる人間は絶対におかしいと思う。 ミツルの頬を撫で、その感触を確かめると零のほうから唇を寄せてくちづけをした。唇を重ねたままミツルの肩をそっと押して覆い被さる。 温もりを感じながら大人しく眠る予定がすっかり狂ってしまった。最初は零に流されていたミツルは、呼吸を荒げて零を強く抱き締めると舌を押し込んでそれを絡めてきた。 荒々しく、少し強引な動作がたまらない。 こうしていると、ミツルと離れたくないという気持ちがますます強くなる。心臓の音を感じられるほど身体を重ねて抱き合っているのに、ミツルが突然目の前から消えてしまうなど考えられない。考えたくない。 我を忘れるほどの激しい行為に溺れていれば、悲しい夢はきっといつか忘れられる。 くちづけを終えて、唇を離すと余韻に浸りながらミツルの胸元にしがみついた。 「お前をこの世に縛り付けたのは俺だ、危ない目に遭ったら必ず助けてやる」 場所から方法まで綿密に計画を立てていた自殺を妨害した零を、あの時のミツルは相当恨んだはずだ。 それでもずっと信じてついてきてくれたミツルを、不幸にはしたくない。 ミツルの手を取りその指にくちづけながら、零はそう決意した。 |