君のいる町 「東京から来ました、宇海零です。よろしくお願いします!」 大きなバッグに入った荷物を手にしたそいつは玄関で、緊張のかけらも感じさせない笑顔で挨拶をしてきた。 呆然と突っ立っているミツルをよそに、母親は表情を輝かせている。明るく礼儀正しい零をえらく気に入ったようだ。 「こんな遠いところまでよく来たわね零君、さあ上がって上がって!」 「はい、お邪魔します!」 すっかり歓迎モードの母親は早速零を茶の間に上げ、飲み物や菓子の準備を始める。 玄関に礼儀正しく並んだ零のスニーカーを眺めながら、ミツルは唇を噛んだ。 何だあの胡散臭い、大人に媚びた……ように見えるあの態度は。ミツルとは正反対の、要領の良い立ち振る舞いに苛々する。 母親がミツルを呼ぶ声が聞こえてきたが、気に食わない零を交えて茶の間で談笑する気分にはなれず、ミツルは2階にある自分の部屋に戻った。 零は父親の知り合いの息子で、わざわざ東京からこんな田舎にひとりで越してきた。当然ながら通う高校も一緒だ。学年はミツルのほうがひとつ上だが。 一体どういう事情なのかは知らないが、会ったことも話したこともない奴と今日から同居だなんて、どう考えても素直に受け入れられるはずがない。 家族で納得していないのはミツルだけで、両親は零の受け入れを歓迎している。子供ひとりが反対していても無力で、結局この日を迎えてしまったのだ。 ベッドに寝転がってため息をついていると、部屋のドアがノックされる。母親がミツルを呼びに来たのかと思いうんざりした。 「ミツル、入るぞ!」 「えっ……?」 開いたドアの向こうから聞こえてきたのは母親の声ではなく、零のものだった。長年付き合いのある関係のような、親しげな調子で名前を呼んでくる。 ミツルの返事も待たずに、零が部屋に入ってきた。あの口うるさい母親の心を一瞬にして掴んだ、憎たらしいほど清々しい笑顔で。 人付き合いの苦手なミツルに、そんなふうに接してくる人間は珍しい。なので嬉しいどころか引いてしまう。 「おい、勝手に入ってくんなよ!」 「悪い悪い、ミツルが茶の間に来てくれないもんだからさ、俺から行こうと思って」 それを聞いて、お前となるべく関わりたくないから行かなかったんだ、という言葉を飲み込む。零は部屋の中を興味深そうに見回した後、勝手に窓を開けた。 せっかく暖まっていた部屋に冷たい風が吹き込んできて、ミツルは身震いした。暦の上では春に差し掛かっているとはいえ、東京に比べるとこちらはまだ肌寒いのだ。 文句を言おうとして身体を起こしたが、外に広がる景色をじっと眺める零の横顔に視線が釘付けになってしまった。 改めて見ると、整った顔をしている。男のくせに睫毛も長い。 よりによって男相手に突然生まれた、自分でも分からない複雑な感情に戸惑う。 急に零がこちらに顔を向けてきた途端に、ようやく我に返った。 「東京と違って、ここは景色が良くていいな」 「コンビニも学校も遠くて畑ばっかりだし、都会育ちのお前には不便なだけだぜ」 「そんなことねえよ、住めば都って言うだろ?」 何を言っても前向きにしか取られず、全く効果がない。来た初日はともかく、どうせ田舎に不便さを感じて数日もしないうちに東京に戻りたくなるだろう。 家から学校までは歩いて1時間以上かかる。まさかいつも使っている自転車に、零まで乗せていく羽目になるのか。男同士でふたり乗りなど、色気も何もない。 零は窓を閉めると、ミツルのベッドに腰掛ける。距離が一気に縮まったことに驚いて、思わず少し身を離してしまった。 しかし零はそんなことにも構わず、東京からこの町まで新幹線で7時間かかったことや、車内から見えた景色のことなど、こちらが求めてもいないのに次々と喋り出す。 「なあ……今日から家族になるんだよな、俺達」 「何だよいきなり」 「俺、ミツルと仲良くなりたい。だって家族だろ?」 少しの迷いもなく真っ直ぐにこちらを見つめてくる零は、まるで露骨に零を避けているミツルを責めているようにも見えた。 確かに零のことをよく知りもしないで嫌うのは早すぎるのかもしれない。しかし零を前にすると、自分の欠点が浮き彫りになってしまうような気がしてならなかった。 ミツルにはないものを、零はたくさん持っている。それが憎たらしくて悔しくて、羨ましい。 学年にひとつだけのクラスでも孤立して浮いているミツルとは違い、零ならすぐに皆と打ち解けて仲良くなれる気がする。 「そうだ、これから近所とか学校まで案内してくれよ」 「えっ、今から?」 「早くこっちに馴染みたいんだ、頼むよミツル」 「ちょっと待っ……!」 笑顔でミツルの手を引く零に引きずられるように、ベッドから立ち上がる。 これからは零のペースに巻き込まれて今までの生活を乱されてしまう予感がして、どうしようもなく頭が痛くなった。 |