君のためなら あまりにも味気ない、無意味な人生だった。 気が付けば親しい友人はおらず、家族からもろくに構われず、夢中になれるものといえばテレビゲームだけ。 こんな自分など存在していてもしていなくても、誰も気にしない。このまま生きていても、仕方がないと思った。 インターネットのサイトで知り合った仲間と山奥へ行き、排ガスで自殺を図ろうとした。 孤独感と空しさを抱えて生きていく毎日から解放される。楽になれる。そう思うと何も怖くなかった。 計画が上手く運べばあの日、自分は死ぬはずだったのだ。 このゲームをプレイするのは初めてだと言っていた零は、ミツルが何度挑戦してもクリアできなかったステージを楽々とクリアした。 横で見ていたミツルは呆然としたまま、ポテトチップスを口に運ぼうとしていた手を止めていた。向かってくる敵に対して一瞬の緩みも見せないその動きから、目が離せない。 「結構面白いな、これ」 「いやー、零はやっぱり凄いよな。俺なんて何時間かかってもさあ……」 他愛のない会話に胸が弾んだ。ひとりで無言のままコントローラーを動かしている時とは比べ物にならないほど楽しい。こんなに明るく笑えたのは、本当に久しぶりだ。 夕方の下校中に零と会ったのは偶然だった。 制服を着た生徒達の群れの中、零だけが私服姿だった。零の通っている学校のことは分からなかったので、休校日なのかと思い特に気にしなかった。 零はミツルの姿に気付くと、こちらから声をかける前に駆け寄ってきた。こんなに親しげに接してくれることが、とても嬉しかった。 そういえばユウキやヒロシを交えずに零と会うのは、これが初めてだった気がする。 道端で立ち話をした後で、去ろうとした零の腕を掴んでしまったのが全ての始まりだった。断られるかもしれないと覚悟しながら、勇気を出して家に誘ったのだ。 しばらくゲームに熱中していると、今まで外出していた祖父母が帰ってきた。 「なあ零……俺の部屋、行こうか」 「えっ、これから面白くなるところじゃねえか」 「いいからっ」 ミツルはゲーム機の電源を切ると、零を強引に立たせて居間を出る。ちょうどすれ違った祖父母に零が礼儀正しく挨拶しているのを、階段を上りながら無言で聞いていた。 2階にある自分の部屋はろくに掃除していないので、お世辞にもきれいとは言えない。布団は敷きっぱなしで、読みかけの漫画や脱いだ服や靴下があちこちに散らばっている。 どんな人間が見ても眉をひそめること間違いなしの状態だが、零は何事もなかったかのように床に腰を下ろした。 散乱しているものを適当にまとめて部屋の隅へ追いやる。そこまでして、ようやく一段落ついたのでミツルも零の向かい側に座る。 テレビもゲームもないこの部屋で、今度こそふたりきりだ。そう思うと急に落ち着かなくなった。 頭脳にも運動神経にも恵まれ、整った顔立ちをしている零はどこへ行っても目立つ存在だろう。何ひとつ取り得のない自分とは大違いで、無意識に深く息をついた。 そんなミツルを見て、零は苦笑すると肩に軽く手を乗せてきた。 「どうした、ため息なんかついて」 「いや、別に……大丈夫だって」 それ以降の会話は途切れ、気まずい雰囲気になる。何も言わずに部屋を見回している零を退屈させたくないと思い、脳内から懸命に話題を搾り出す。 「俺さ、零に感謝してるんだ。自殺を邪魔された時は腹が立ったけど、あんなに楽しかったことなんて今まで1度もなかった。みんな零のおかげだよ」 「おいおい、大げさな奴だなあ」 「俺なんか、誰にも求められてなかった……居ても居なくても同じで」 目の前に座っている零の姿が、にじんで揺れた。涙が出てきて止まらない。男のくせに人前で泣くのは恥ずかしいと分かっていても、次々と溢れてくる。 「ごめん、ごめんよ零」 手の甲で目を擦りながら、顔を背ける。こんなみっともない姿を見られるのが耐えられないが、狭い部屋では逃げ場もなかった。零は呆れているかもしれない。 そんな時、零の腕が伸びてきて突然抱き締められた。2本の腕が背中にまわり、互いの身体が密着する。 「お前が居てくれたから、詐欺集団から金を取り戻せた。感謝してるのは俺も同じだよ」 「でも俺、そんなに目立った活躍は……作戦を考えたのも零だったし」 「相手はヤクザで、もし失敗すればみんなの命が危なかった。ミツルは俺を信じて協力してくれただろ。充分だ」 あたたかく、力強い言葉だった。こんなことを言ってくれる人間など、他には存在しない。ミツルにとっては零だけだ。 涙が途切れかけ、ようやく落ち着くとミツルも零の背中に手をまわして強く抱き締めた。 「ミツル、痛い」 「あ、ごめん」 「もう少し腕の力、抜いてくれないかな」 離してほしいというわけではないようだ。要求通りに先ほどより力を緩めると、零はミツルの肩に顔を寄せてくる。かすかな息遣いが聞こえて、おかしな気分になってきた。 零は男で、恋愛だとかそういうものの対象にはならないはずの相手だ。それなのに至近距離で感じる息遣いや匂い、衣服越しに重なる体温に意識を奪われてしまう。 やはり今日の自分はどこかおかしい。気を抜いていると数秒後には、勢い余って取り返しのつかない事態になりそうだ。 「あれっ、ミツルお前……」 驚いたような口調で言われて我に返る。身を離した零の、下のほうに向けられている視線を追うと信じられないものを見てしまった。 外から見ても分かるほど、硬くなったミツルの性器がズボンの布地を押し上げている。零を抱き締めているうちに勃起していたのだ。 学生服の上着を引っ張り股間を隠そうとしたが、慌てているせいかどうやっても上手く隠れていないような気がした。しかしどう頑張ろうとも、1度見られてしまったものを なかったことにするのは不可能だった。 男相手に勃起したミツルを、零は変態だと思っただろう。縁を切られてもおかしくはない。 「俺とくっついて、好きな女のことでも考えてたのか?」 冷やかしながらミツルの顔を覗き込んでくる零が、少しだけ憎くなった。零以外の人間のことなど一切考えてなかったのに、とんだ誤解だ。 このまま押し倒せば分かってくれるだろうかと、危険な思考が浮かんでくる。本格的に嫌われるのが怖くて、実行に移す度胸すらないくせに。 その日の夜も、零と抱き合ったことを布団の中で思い出しては後ろめたい妄想ばかりが広がっていった。零に対する想いも以前より更に強いものになる。 捨てようとした命を拾い上げ、生きる希望を与えてくれた。長い間ミツルの心を覆っていた分厚い殻を破り、あの夜の約束通りに新鮮な空気を送り込んでくれた。 テレビゲームとは違う、現実世界を生きるこの身で感じたスリルは一生忘れない。 零を守るため、救うためなら例えこの命を捨てても構わない。純粋な気持ちでそう思った。 |