ミツルの日常 ・ 前編 数日ぶりに義賊4人で集まり、いつものファミレスで昼食を取ることにした。 ここは料理の値段も安く、種類も豊富なので気に入っている。客層は学生が多いため、いつも騒がしいのが難点だが。 皆で話をしているうちに注文していた料理が来て、ミツルの前に美味そうなスパゲティが置かれる。 ミツルはポケットから携帯を取り出すとカメラ機能を使い、そのスパゲティを撮った。 「料理なんか撮ってどうするの、ミツル」 向かいの席に座っているユウキに尋ねられ、慌てて携帯をしまう。改めて理由を聞かれると答えにくい。絶対に秘密だ。 「いや、美味そうだなって思ってさ……!」 とりあえず無難にそう答えておけば、これ以上突っ込まれることはないだろう。その後は何事もなかったようにフォークを握る。 ユウキは納得したようですぐにミツルから視線を外し、ヒロシは料理が置かれた途端に夢中で食べ始めていた。これからはなるべく皆の前で撮るのは控えよう。 一方、隣の零はずっとミツルを見ていて、どきっとした。賢い零は、ミツルの取って付けたような苦しい言い訳を不審に思ったのかもしれない。 何か突っ込まれることを覚悟していたが、零はそんな心配を打ち消すかのように微笑む。 「ミツルのスパゲティ美味そうだな、俺にも少し分けてくれよ」 「えっ、うん……いいよ?」 「その代わり俺のハンバーグも味見しろよ、まだ手付けてねえから大丈夫だ」 零のなら食べかけだろうが飲みかけだろうが全く問題ないが、怪しまれるのでそのことはあえて口にしない。 好意に甘え、ミツルのスパゲティを分ける代わりに零のハンバーグを少し貰った。焼き加減が絶妙で、今度来たときはこちらを頼んでみようと思った。 もしこれが零の手作りハンバーグだったら……という妄想が浮かんだ。お前のために作ったんだぜ、と甘い声で囁く零に欲望が爆発して押し倒すところまで 妄想した自分が変態すぎて、自己嫌悪に陥った。 もし実際に零が料理を作ってくれたら、幸せすぎて骨まで溶けてしまいそうだ。しかし実は料理の苦手な零というのも意外性があって、それはそれで悶える。 妄想がいきすぎて『零って意外に可愛いところあるんだね』と、この場で口に出して言ってしまいそうになり慌てて堪えた。 帰宅してパソコンを開き、1日に何度も見ているサイトにアクセスしては再び溜息をついた。 ミツルが少し前に開いたブログで、ここには日常の出来事や色々なものを撮った写真を載せている。しかし芸能人や有名人でもない限りは日常ネタで集客するのは難しく、 もちろんコメント欄は未だにどの記事も0件のままだ。 もっと皆の興味を引くような特殊なネタを書ければいいのだが、まさか義賊活動のことを書くわけにもいかない。 変に目立った末に振り込め詐欺のヤクザが偶然ブログを見てしまったらと考えると、恐ろしくて書けなかった。自己満足のために他の皆まで巻き添えにしてからでは遅い。 やはり『ミツルの日常』という安易なタイトルでは印象が薄いのだろうか。これはもう少し再考の必要有りだ。 今日のファミレスの記事は携帯から投稿してある。根気よく続けていればいつか誰かがコメントを書いてくれるだろう。そんな願いを抱きつつパソコンの電源を落とすと 朝から敷きっぱなしだった布団の上に転がった。 そんなミツルのブログに異変が起こったのは、翌朝のことだった。登校中に携帯からブログを見てみると、昨日のファミレスでの記事に1件のコメントがついている。 『初めまして! 美味しそうなスパゲティですね、ミツルさんはよく食べに行くのですか?』 そのコメントを何度も繰り返し読んでは、電車の中なのに顔の緩みが止められなかった。 それ以来、好きな漫画やゲーム、寝ている時に見た夢の話など一見ありふれたどこにでもあるような話題をブログに書くたびに同じ名前の人物からコメントが付くように なった。 あちらは随分ミツルに興味を持ってくれているようだ。男か女かは分からないが、例えどちらでもコメントを付けてくれるのなら関係ない。 すっかり舞い上がったミツルは、 『ずっと前から気になっている人が居るけれど、事情があって気持ちを伝えることができずに悩んでいる』 と、その人物にまるで恋愛相談をするかのような調子でそんな記事を書いた。気になっている人とは零のことで、気持ちを伝えられないのは同性の相手だからだ。 『地味で落ちこぼれの俺に優しくしてくれて、毎日その人のことで頭がいっぱいで……でも俺のことは、ただの友達としか思っていないかもしれない』 こんなことは、現実の知り合いには絶対に打ち明けられない。ネットの向こうの、顔の知らない相手にだから言えることだ。 だからこのブログの存在は周囲の人間には教えていない。もちろん義賊仲間……零も含めて。 今回もコメントが付くのを期待しながら、その日は就寝した。 しかし丸1日経っても、1週間経っても例の人物からのコメントは付かなかった。現実の生活が忙しいのかもしれないと思っていたが、ここまで長く途絶えてしまうと さすがに不安になってしまう。待っている間はすっかりブログの更新は途絶えてしまい、次第に記事を書くことも携帯で更新用の写真を撮ることも億劫になっていった。 パソコンにも向かわずにテレビを観ていると携帯が鳴り、着信画面には零の名前が表示されていた。 『久し振りだな、ミツル……今、電話してて大丈夫か?』 「うん、大丈夫だよ」 『明日は日曜だし、ふたりでどこか行かないか。お前の都合が良ければ』 そういえばブログのコメントが途絶えてから、毎日交換していた零とのメールも途切れがちになっていた。 零は年下だが面倒見がいいので、ミツルを心配して連絡してきてくれたのかもしれない。 ブログの件は残念だったが、たまには現実の世界での楽しいことを満喫したほうがいいと思い、零の誘いに乗った。 待ち合わせ場所の公園で、先に着いていた零の姿を見たミツルは息を切らして駆け寄った。零が腰掛けているベンチに並んで座る。 「すっかり寒くなったな、ミツルは風邪とか引いてなかったか?」 「平気だよ、ほら俺ってバカだからさ」 「そんなくだらねえ迷信なんて信じるなよ」 笑いながらフォローしてくれる零は、本当に優しい。やはり零のことが好きだ。自殺を邪魔された時は心の底から腹立たしい奴だと思っていたが、今ではもうその声を聞きたくて、 顔を見たくて触れたくてたまらない。 想いを伝えてしまったら気持ち悪がられて、避けられてしまうかもしれない。 しかしこうしてふたりきりで会ってくれるというのは、少しは期待してもいいのかと思い大胆になる。ミツルは零の手にそっと触れると、耳に唇を近づけて囁いた。 「ぜろ……俺、実はずっと零のことが好きだったんだ」 ミツルの囁きに零はびくっと身体を震わせ、明らかに驚いた顔でこちらを見た。男に告白されて、平気でいられる男はこの世でも多くはないだろう。 「零は男なのに、こんなのおかしいってわかってる! でも止められないんだ!!」 「ミツル……」 「嫌われてもいい、隠しておくことが何よりも辛いんだ」 無言で俯いた零は、しばらく経つとミツルの目を見てようやく口を開いた。 「……ごめん、俺ミツルの気持ちには応えられない」 「そっか、やっぱり男から告白なんかされても」 「お前、好きな人居るんだろ? 一緒に飯食いに行ったり漫画の貸し借りとかして、毎日その人のことで頭がいっぱいだって……」 零が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。零にはもちろんそんなことを言った記憶などない。 「そんな話、零にしたことないよね? どこで聞いたの?」 「そ、それは……」 「俺、少し前からやってるブログにしか書いてないはずなんだ……」 青くなっていく零の顔を見ながら呟く。ブログのことは秘密にするはずが、混乱しているせいで口走ってしまった。この際、もうどうなっても構わない。 「実は俺、何となく見ていたブログサイトの新着で、お前の名前が入ったタイトルのブログを見つけたんだ。クリックしてみたら……やっぱりミツルのだった」 「でも、名前だけじゃ俺だってわからないじゃないか」 「この前行ったファミレスの写真載ってたし、写真の端にユウキの腕や携帯が」 ノートに書く日記とは違い、ネットでは自分の書き込みを誰が見ているか分からない。まさに今、それを思い知らされた。そして同時にあることに気付いた。嫌な予感がする。 「まさか……零、もしかしてあのコメントも」 ミツルの言葉に無言で俯く零を見て、身体中の血の気が一気に引いていった。急に涙が溢れてきて、思わず零を突き飛ばしてしまった。 「ずっと俺を騙してたんだ、酷いよ零!」 「み、ミツル、お前を騙すつもりなんてなかった」 「やっとコメントついて嬉しかったのに! 知らない人が俺を認めてくれたって思って嬉しかったのに!」 突き飛ばされても零は怒りもせずに、涙を流し続けるミツルを静かな目で見ている。肩に触れようとしてきた零の手を、ミツルは勢い余って振り払った。 「ずっとコメント付かない俺のブログが、可哀そうだと思って気まぐれで書いたんだろ! 他人の振りまでして……バカみたいに舞い上がってる俺を、面白がってたんだろ!」 「ミツルのブログなんだって思ったら黙っていられなくなったんだ。でも実際の知り合いに見られてるって知ったら、お前が書きにくくなると思って」 「言い訳なんかもうやめてくれよ!」 遊ぶ約束をしていたことも忘れて、ミツルは零をその場に残して走った。零が背後からミツルの名前を叫んでいたが、1度も振り向かずに公園を出てそのまま家に向かう。 何もかも裏切られた気分だった。あんなに楽しみにしていたコメントが、他人の振りをした実際の友達からのものだったなんて。ネットの向こうの知らない人間になら明かせることを、 全て読まれていた。あまりにも恥ずかしくてこの世から今すぐ消えてしまいたい。 家に着くとすぐにパソコンを立ち上げ、ブログの削除ボタンを押した。 ブログを削除しました、と表示された画面を見ているうちに少しずつ頭が冷えてくる。この数十分のうちに日々を綴っていたブログも、そして大切な友達も失ってしまった。 |