ミツルの日常 ・ 後編





学校帰りに見つけた野良犬が可愛かったので、写真に残したいと思い携帯を取り出した。
そしてそれをブログに載せて……と思ったところで、ブログはもう削除してしまったことに気づいて手が止まる。 コメント欄が炎上したわけでもなく、飽きたわけでもなかった。深く考えずにほぼ衝動的に消してしまったのだ。 消した直後からじわじわ後悔し始め、今では気に入っていた記事を思い出してはため息をついているという始末だった。
再び駅に向かって歩き始めると、零の顔が頭に浮かぶ。最後に見た困惑した表情は、ミツルがそうさせてしまったものだ。 もし零が他人の振りをしてコメントを書き込んでくれなかったら、あのブログは1度もコメントがつかないまま結局はいつか 閉鎖してしまったかもしれない。そう考えると、少しの間だけでもいい夢を見られて幸せだったような気がした。
ミツルのブログだと思うと黙っていられなかった、と言っていた。余計なことを言わずに黙っていれば何事もなく済んだのに。
頭の良い零なら、あの時ミツルに問い詰められても機転を利かせてうまくごまかせたはずだ。 それなのにうっかりボロを出して、ミツルにあれこれ突っ込まれる隙を与えてしまった。
ミツルが想いを寄せているのは零で、他の人物など考えられない。しかしブログを読んでそれを勘違いした零に告白したミツルは、見事に拒絶された。
好きなのは零だけだと、はっきり言っていれば良かった。そうすればあんなことにならず、少しは前向きな方向に進めたかもしれない。
ポケットの中から先ほど閉じた携帯が鳴り、慌てて画面を見るとユウキからの電話だった。

『あ、ミツル久し振り。俺だよ』
「ユウキ、どうした?」
『うん……ミツルさ、零と何かあったのかい』
「えっ、何で!?」

零の名前を聞いて思わず動揺してしまった。これではいかにも零と何かありましたよ、とユウキにばらしているようなものだ。迂闊な自分が恨めしい。

『昨日零と会ったんだけどさ、何だか元気なくって。理由を聞いても教えてくれないし』
「理由も聞いてないのに、何で俺が原因だって思うんだ?」
『だってミツルは零と仲いいし、喧嘩でもしたのかと思ってさ』
「……さあ、俺は知らねえ」

本当のことは言えず、ユウキに嘘をついてしまった。確かにあれから零とは連絡を取っておらず気まずい状態だが、もしかするとミツルとは関係のない理由で落ち込んで いるのかもしれない。そう考えると、わざわざユウキに零と揉めたなどとは言えなかった。しかも自分のブログが原因だとは。
今でも零が好きだ。ちゃんと誤解を解いた上で、改めて告白したい。
しかしメールや電話をしようとしても、拒絶された瞬間のことがどうしても頭に浮かんでしまい、指が動かなかった。


***


翌日の放課後、校門近くまで歩いたところで思わず足を止めてしまった。
校門のそばに人が立っている。制服の生徒達が外へ出ていく中で、ただひとり私服なのでかなり目立っている。これ以上近づかなくても、それが誰なのかすぐに分かった。
立ち尽くしているミツルを見つけて駆け寄ってきたのは、零だった。顔を合わせるのは約1週間ぶりになる。

「零、何でここに」
「お前を待っていたんだ、ミツル。どうしても会いたくて」

真剣な表情で正面からミツルを見つめる零から目を逸らせない。そばを通り過ぎていく生徒達は、向き合うミツルと私服の零を何事かという視線を向けてくる。 教室で孤立しているミツルが誰かと向き合って話している様子が珍しいのかもしれない。

「ブログを閉鎖したのも、俺が原因なんだろ」
「……それは」

確かに零は全くの無関係ではなかったが、消したのは自分自身だ。しかもよく考えずに削除ボタンを押してしまったので、今では後悔している。
ミツルに酷い言葉で責められ、突き飛ばされても零はこうして会いにきてくれた。仲直りするために何の行動も起こせずにいた自分が情けない。
零に伸ばした手が、途中で止まる。ここは学校の敷地内で、今でも生徒達の注目を集めてしまっている中で思い切ったことはできない。 込み入った話になりそうなので、とりあえず零を自宅へ連れていくことにした。


***


「ミツルの部屋入ったの、すげえ久し振りだ」
「1週間とちょっとだよ……多分」

敷きっぱなしだった布団を畳んで部屋の隅に置き、雑誌や漫画を片付けてきれいになったところに零を座らせた。零が居ると、淀んでいた部屋の雰囲気が洗われるような、 そんな気がした。零は浮かない表情のまま両膝を抱え、俯いている。

「俺、ミツルとあのまま離れちまったらどうしようって、ずっと考えてたんだ」
「零のせいじゃないよ、コメントもらって勝手に浮かれて勝手に切れた俺が悪いんだから」

抱えた膝に顔を伏せている零に、そっと近付いて抱きしめてしまった。 零の匂いや温もりを感じる。ミツル自身も、連絡を取ることもできずに離れている間ずっと零を求めていた。どうにかして改めて気持ちを伝えたいと思っていた。

「聞いてほしいんだ……俺が好きなのは他の誰でもなくて、零なんだよ」
「み、みつる……!?」
「零のことを考えてると、胸が苦しくなるんだ。本当に好きだから、誤解を解きたかった」

今まで誰のことも愛さず、愛されなかった自分が初めてこんな気持ちになった相手が零だった。清新な空気、そして生きる希望を与えてくれた。
やがて顔を上げた零が、至近距離でミツルを真っ直ぐに見つめてくる。

「……俺さ、嫉妬してたんだ。ミツルがブログに書いていた、好きになったっていう誰かに。まさか俺のことだとは思わなくて」
「えっ、それってもしかして、零も俺のこと」

驚いたミツルが指摘すると、零は真っ赤になって頷いた。あまりにも嬉しすぎる展開に、夢ではないかと疑ってしまう。それともからかわれているとか。

「で、でも、零がこんなどうしようもない俺のことを」

そんな卑屈な呟きは、柔らかい零の唇で塞がれた。ミツルもすっかりその気になってしまい、微妙に角度を変えて何度も唇を重ね合う。 くちづけを交わしながら零の腕や背中を撫でていると、零のほうからミツルに身体を擦り寄せてきた。互いの身体がぴったりと密着した後、興奮して零を畳に押し倒した。
零は抵抗せずに、ミツルを真っ直ぐに見つめている。再び零にくちづけると、今度は重ねるだけではなく舌を絡めて激しく貪った。
告白する前から、零の痴態を想像しては自身を慰めていた。服を脱がせて乳首に触れたら、その性器を直接扱いたら、どんな顔をしてどんな声を出すのかと。
ミツルは零のジーンズの前を開き、下着をずらすと性器を露わにした。それはミツルの手の中ですでに勃起し始め、反応を示していた。

「おい、いきなりそこかよ」
「零のここ、見たかったんだ。もうこんなに硬くなって……がっちがちだよ」

何のためらいもなく亀頭を口に含むと、ねっとりと舌全体を使って刺激する。零の身体がびくびくと震え、早くも喘ぎが漏れてきた。

「あ、だめだミツル……そんなの、はあっ」
「ぜろっ、普段と全然違うね。そんなにいやらしい声出して」
「聞かないでくれ、こんな変な声、お前に聞かれたくない……」
「俺は聞きたいよ、零のならどんな声でも」

零をもっと乱れさせたくて、性器を喉の奥まで届くほど深く咥えこんだ。搾り取るように頬をすぼめてみると、亀頭の割れ目からとろとろと先走りが溢れ出してミツルの 舌を濡らす。零のいやらしい顔を一瞬でも見逃したくないので、性器を咥えながらも夢中で零を眺め続けていた。
涙を浮かべ始めた零が、やがてミツルの口内で達して精を放つ。こんな拙い行為でも感じてくれたその証を、ミツルは溢さないように喉に流し込んだ。


***


駅まで零を送るために外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。いつの間にか結構時間が経っていたらしい。
人通りの少ない道で零の手に触れると、零はミツルの手を握ってくれた。まるで恋人同士のようでつい浮かれてしまう。

「俺が言うのも何だけどさ、もうブログはやらないのか?」
「うん……俺の日常なんてさ、誰も興味ないだろうし」
「ミツルのブログ、俺は好きだった。言葉も写真も、お前の素直な気持ちがたくさん詰まってたから」

できればもっと見ていたかった、と呟くと零はミツルの手を強く握った。
他人の振りをしてミツルのブログに毎回コメントを書き込んでいた零。 騙されていたと思い込んで酷いことを言った自分が、本当に愚かだ。しかし消してしまったものはもう戻らない。今までブログに書いた言葉を一字一句、正確に思い出すのは 不可能だった。残っているのは更新用に撮った、携帯の中の写真だけだ。手を付ける前の料理や綺麗な夕焼けなど、ありふれたものばかりの。

「ブログはもうないけどさ……今度からは、何かいいことがあったら零に話すよ。会えない日は電話やメールでも」
「いいことだけじゃなくても、俺は構わねえよ。お前の話、たくさん聞きたい」

このまま駅に着かなければいい。こうして手を繋いで歩いている時間も零の温もりも言葉も、泣きたくなるほど嬉しくて愛しかった。 この手をずっと離したくない。零と一緒なら、今までよりもっと鮮やかで優しい日常になるはずだから。






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2008/11/11