ふたりの思い出 ごろっ、という音に反応して振り返ると、零が呆然と立ち尽くしながら足元を見ていた。 そしてその視線をたどったミツルも思わず凍り付いてしまう。 零の足元には、ピンクローターが転がっていた。インターネットの通販で買った安物だが、振動の強弱がダイヤルで調整できるようになっている。 我に返ったミツルは慌てて駆け寄り、ローターを両手で包み込んで隠した。しかし今更そうしたところで、零にはしっかりと見られているので、完全に手遅れだった。 「みっ、見ないでくれ! これは違うんだ!」 一体何が違うのか自分でも説明がつかないまま、必死で言い訳をする。こんなものを隠し持っていたと知られて、何かと誤解されてしまうかもしれない。 親に見つかると厄介なので、使わない辞書の箱に入れて本棚に並べておいた。外から見るとまさかローターを隠しているとは分からないはずだが、箱を出されてしまっては おしまいだ。よく考えてみれば、漫画ばかり並んでいる本棚にひとつだけ辞書があれば明らかに目立つに決まっている。考えが甘かった。 彼女と遊ぶために買ったという男性購入者の意見を通販サイトで見かけたが、あいにくミツルにはこれを試すような彼女は居ないのだ。 脱力してべったりと座り込んでいるミツルをじっと見下ろしている、零の視線が痛かった。 恥ずかしさに肩を震わせていると、しゃがんだ零がミツルの腕に優しく触れた。 「なんていうかその、お前はこれを使ってひとりで……気持ちよく」 そう言った零はかすかに赤面しはじめた。そんな様子が可愛くて思わず見つめてしまったが、そんな呑気なことをしている場合ではない。 「俺が使ってるわけじゃないんだ! これ見ながら、色々妄想してただけで」 「妄想って、どんな」 「だ、だから色々……恥ずかしいよ、そんなに気になる?」 「……気になる」 小さく呟くように答えた零の、ミツルの腕を掴む力が少しだけ強くなる。 言い訳しようとすればするほど、更に裏目に出ているような気がした。本当のことを言うと、嫌われてしまう気がして怖い。 嘘をついてもそれを貫き通す自信はなく、それ以前にうまい嘘が全く思いつかなかった。いっそのこと、自分で使っていることにしておけばよかった。 「こ、これを使って気持ちよくなってる零の姿を妄想してたんだ」 インターネットで大人の玩具専門の通販サイトを見つけたのが、全ての始まりだった。興味本位でページを見ているうちに、こんな道具を使って自慰をする零の姿を妄想していた。 真っ直ぐで正義感の強い零が、今度は道具だけでは物足りなくなりミツルを求めてくる……そんな都合の良すぎる展開を思い描いては、たまらなくなった。 そしてとうとう、盛り上がるばかりの妄想を更にリアルにするために、安価なピンクローターを購入してしまった。ダイヤルを動かして振動させては、零の乱れた姿を毎晩妄想した。 そういえば前にもこんな感じの状況になったような気がする。零と裸で抱き合ってキスしている夢を見たと、本人の前で言ってしまったのだ。 零はそれを聞いて驚いてはいたが、嫌悪感は示していなかった。そしてその後で何度もセックスまでしてしまい、未だに信じられない気分だった。 年下だが、密かにずっと憧れていた零とあんな激しい行為を……他の誰にも言えるわけがない、ふたりだけの秘密。それはこうして会うたびに、少しずつ増えていく。 「何だかミツルって俺絡みで、そういうの多いよな」 「ごめん……さすがに嫌だよな、こんな俺って変態だよな」 頬が熱くなり、ミツルは零から目を逸らして俯いた。あまりにも情けなくて、これ以上顔を合わせていられない。ここが自分の家でなければ、今すぐにでも帰りたい気分だった。 「いや、俺のほうこそ無理に言わせてごめんな」 そう囁いた零は、目を閉じて唇を寄せてきた。誘われているような気がして息を飲むと、ミツルはローターを絨毯の上に置いて零を抱き締め、くちづけをした。 零はそれに応えるようにミツルの背中に手をまわし、身体を密着させる。これだけでもう興奮が止まらず、抱き締める腕に更に力を込めた。 唇を優しく重ねた柔らかいくちづけを終えると、零がローターを手に取るのを見て一瞬だけ焦ってしまった。こんな淫らな道具に興味を持ったのだろうか。 ダイヤルを回した零の手の中でローターが作動し、静かな部屋で小さな振動音が上がった。 「……びっくりした、こんなに強く震えるのか」 「もっと弱くできるよ、ダイヤルちょっと回しすぎたんだね」 ミツルが調整すると、強すぎた振動が少し弱くなった。ローターをあちこち触り続けて離す様子のない零に、ミツルはおかしな気分になった。 もし今、これを零に使ってみたいと言ったらどんな反応をするだろう。先ほどからそんないかがわしい妄想が止まらなくなってきている。 しかしそんなものはミツルひとりの妄想だけで充分だ。こんな道具を使わなくても、実際には普通に抱き合ってるだけで充分に満たされているからだ。 「なあ零、たまには下でゲームでもしようか。新しいの買ったんだ」 初めて遊びにきた時の零がミツルの持っているゲームを楽しんでいたことを思い出し、何とか興味をそちらに向けさせようとした。今日は夜まで親が帰ってこないので、 周囲を気にせず思い切り盛り上がれる。そのほうがローターをいじり合っているよりも健全で、ミツルの勝手な欲望に零を巻き込まなくて済む。 「ミツル……」 顔を上げた零が真っ直ぐにこちらを見つめてきたかと思えば口の片端を上げ、ミツルの服の上から乳首にローターを当ててきた。 唐突な刺激に変な声を出してしまったミツルに、零は声を出して愉快そうに笑う。 「お前、結構敏感なんだな!」 「び、敏感って! そんなのいきなり当てられたら、普通びっくりするだろ!」 失礼なほど笑い続ける零の手から勢いでローターを取り上げると、今度は零にも同じことをしようとした。しかしあっさりとかわされ、しばらくの間掴み合いになる。 お互いにローターを奪い合い、攻防を繰り返しているうちに力尽きたミツルは零の横にぐったりと寝転んだ。本気を出しすぎて疲れたが、どこか楽しかった。 「零って結構しぶといよな」 「まあ、詐欺集団に立ち向かうならこのくらいの根性がないと」 「そうだよな……素人同然の俺達をしっかりまとめてたもんな」 いつも前向きな零が、自殺志願の一員に加わっていたことが信じられない。名乗り出たのは義賊仲間を集めるためで、最初から死ぬ気はなかったのかもしれないが。 「それに俺、こんなに思いっきり笑ったのって久し振りだよ」 寝転がったミツルのほうを見て、零が微笑む。最近は会うたびに我慢できずに抱き合い、いかがわしいことばかりしていた。 気持ちよくてたまらなくて、毎晩妄想しては夢にまで出てくるほど、零との激しい行為に溺れている。 しかしそればかりではなく、以前のように一緒に色々な話をしたりどこかへ遊びに行ったり、普通の友達と同じようなことをするのもいいかもしれない。 零がまた、心から笑えるように楽しい思い出をたくさん作りたい。 「零、今度会う時に天気良かったらふたりで出掛けようか」 「いいね、どこ行く?」 「この近くならゲーセンとか、カラオケとか」 「じゃあ両方行こう……」 甘えるように胸に顔を埋めてきた零が愛おしくて、ミツルはその髪に優しく触れた。 |