遠ざかる瞬間に





ベッドの周囲だけを照らす淡い光に包まれながら、この家の主である板倉が零の身体の上で動く。柔らかいのに鋭く刺激を生み出す舌先が零の乳首を擦り、軽く歯を立てて きた。
たまらなくなり、板倉の頭を抱き締めていた手で無意識に髪を強く引っ張ってしまった。指に何本か絡まっていたのだ。 板倉の肩が跳ねるように反応し、それを見て零は快感で蕩けていた意識がさめていくのを感じた。

「ごめん板倉、今……」
「ん、何のことだ?」
「髪引っ張っちまったから、痛かったんじゃないかって」
「気にするなよ、大したことじゃねえ」

低い声で言うと板倉は再び顔を伏せ、零の乳首に吸い付いた。唇を離した途端に濡れた音が小さく聞こえて、羞恥と快感で頬が熱くなる。
確かに板倉は痛みを感じていたはずだ。それなのに何事もなかったように振る舞っている。機嫌を損ねるかもしれないと思っていたので、少し驚いた。
今日は会う予定ではなかった。学校帰りに板倉のマンションに立ち寄り、呼び鈴を押してみて不在なら帰るつもりだった。少し待ってみてもドアは開かなかったので 立ち去ろうとすると背後に板倉が立っていた。約束もなしに突然訪ねてきた零を追い返すどころか、気持ち良く迎えてくれた。
少しだけ話をして帰るつもりが、一緒に過ごすうちにそれだけでは済まなくなってしまった。もしかすると自分は、こうなることを望んでこの家に来たのかもしれないと 心の底で思った。
最近では迫られなくても自分から求めるようになり、身体だけではなく精神まで作り替えられているのを感じた。今までは恋すら知らなかったので よく分からないが、これが人を好きになるということなら充分に当てはまっている。
板倉の手の中で、硬くなっている零の性器が透明な雫を溢れさせていた。そのまま強く扱かれたら、恥を捨ててすぐに達してしまいそうだ。

「どうした、そんな顔して……もっと触ってほしいのか?」
「そんなにされたら、すぐに出ちまう……」
「出たっていいじゃねえか、今更恥ずかしがるなよ」

亀頭の部分を親指で強めに押されて、零はびくっと身体を震わせた。それでも達するほどの刺激ではなかったので、まだ興奮は静まらない。 いつもならもうすでに後ろの穴を拡げられているはずが、今日はまだされていなかった。してほしかったら自分で言わなければならないのかと思い悩んだ。
覆いかぶさっている板倉の性器に手を伸ばして触れると、そこはもう硬く勃起していた。浮き出ている血管の感触まで指先から伝わってきて生々しい。

「何だ、欲しくなってきたのか」
「ち、違う……もしかしたら勃ってねえのかと思っただけだ」
「素直じゃねえな。でもまあ、そういうことにしてやるか」
「なんだよそれ、まるで俺が、早く入れてほしいみたいじゃねえか……」

鋭く指摘されて悔しかったので、思わず嘘をついてしまった。本心を隠してごまかすことに、どんな意味があるのかと疑問が浮かんでくる。きっと自分は抱かれている側で も男なので、素直に欲しがることに抵抗があるのだ。意地を張らないほうが楽になれると分かっていても。
筋肉のついた男らしい身体と、刺青ひとつ入っていない肌。そんな板倉を見ていると、まだ成長途中の自分は羨ましくなってくる。

「今はこんなんだけど、将来はあんたみたいな逞しい身体になりたいんだ」
「お前は別に、今のままでいいじゃねえか」
「何言ってるんだ、板倉くらいの歳になってもこのままじゃおかしいだろ」
「まあ、背は伸びるだろうけど基本的にはあまり変わらないと思うぜ」

俺みたいな身体になった零は想像できねえしよ、と言いながら板倉は零の後ろの穴に触れて内側に入り込もうとする。足を少し広げて受け入れたが、指が最初から2本も 入れられていることに気付いて身体を強張らせた。2本の指が腸壁を拡げながら動きまわる。今日に限って無茶なことをされて焦った。

「い、いきなりそんなに入れるなよ」
「そう言う割には、俺の指に吸い付いてきて離さねえんだがな」

板倉は零の感じる部分を把握しているのか、ある部分を指で押される度に快感が襲ってきて何も考えられなくなる。もう性器を入れてほしい、ということ以外は。
急に指を引き抜かれて、その感覚で身体が震えた。指の代わりに板倉の勃起した性器が押し当てられると、緊張と期待で心が乱れる。言葉では強がっていたものの、本当は この時を待ち望んでいた。板倉の匂いや体温を感じながら交わっていく瞬間を。

「お前を抱いてる時の俺が勃っているかどうか、確かめるまでもなかっただろ」
「いたくら……」
「今度から、会いたくなったらいつでも電話してこいよ。すぐには無理でも、後で迎えに行ってやるから」

優しい言葉をかけながらも板倉は、挿入すると少しずつ腰を進めていく。
身体を倒して密着してきた板倉の背中を抱き締め、首筋に唇を押し当てる。そういえばこの状態で強く吸いつくと内出血のような痕ができると聞いたことがある。 この位置だとシャツのボタンを緩めた時に見えてしまうかもしれない、と思いながらも好奇心に負けて軽く吸ってみた。 唇を離してみたが、それほど強く吸っていないのでそこには何も残っていなかった。

「痕を付けるなら、もっと強く吸わねえとな」

零がやろうとしていたことが分かったのか、板倉は小さく笑い声を上げると零の耳にそう囁いてくる。すでに零は板倉の性器を根元まで受け入れ、熱く満たされていた。

「いや、いいんだ……本当に付けようとは思ってなかったし」
「何か今日のお前、いつもより積極的だな。俺は嬉しいけどな」

板倉が動くと、内側で強く擦られて声が出そうになる。しばらくは堪えていたがその努力は報われずに、いやらしく喘いでしまった。
学校帰りに急に会いたくなったのも、板倉の性器に触れたのも、首筋に吸いついたのも、この男に対して前よりもずっと特別な想いを感じるようになったからだと思い知った。 結婚もできない男同士のはずが、こんな気持ちになるのは普通ではないと分かっている。立場も年齢も何もかも違う、しかも初対面は仲間が拉致されて連れ込まれた現場という異常さだ。
仲間は零と板倉がこんな関係になっていることを知らない。もし知られたらどんな反応をするだろうか。失望されるかもしれない。 義賊のリーダー的な存在として動いていた自分が、今では振り込め詐欺の一員であるヤクザに自ら会いに行ってセックスまでしている。
仲間のひとりは脇腹を刺され、他のふたりも零が向かうまでに酷い暴行を受けていた。今でも夢に見るほどはっきりと覚えている。 突然現れた車椅子の老人、地面に投げ出された4枚の10円玉、そして板倉との出会い。自分の運命はあの日を境に大きく変わった。
唇を重ねた後、長い時間舌を絡め合った。まともに息をするのも忘れてしまうほど夢中になった。挿入を繰り返す板倉に身体を揺さぶられているうちに、零は達した板倉の 精液が注ぎ込まれるのを感じた。ぼんやりとしているうちに板倉に性器を再び握られ、何度か扱かれているうちにあっけなく射精した。


***


零を助手席に乗せて走っていた白い外車は、夜の住宅街の中で停まった。
いつものように板倉は零の家まで車で送ってくれた。鞄を持って降りた後は健全な普通の高校生として、何事もなかったように帰宅する。 家族の前ではそんな演技を常に繰り返していく。堅気ではない男といかがわしい関係を持っているという秘密を抱えながら。
数時間前は汗と精液にまみれていたこの身体を、問題のない息子を装う表情と少しの乱れもない制服が上手く隠してくれている。
挨拶をして車を降りようとした時、板倉と目が合った。その数秒間のうちに零は、板倉の首筋に痕を残さなかったことを思い出して、急にもどかしくなる。
そんな気持ちが胸を焦がして、止められないほど熱くなった。運転席の板倉に接近して、ネクタイに触れてそれを緩めようとした。しかし板倉はここが零の自宅前である せいか、それを穏やかに制すると重ねるだけのくちづけを零に与える。続きはまた今度な、と優しい声で囁かれると頷くしかなかった。
走り去る板倉の車を見えなくなるまで眺めていると、胸が苦しくなった。こうして板倉と親密になるほど、深くなる気持ちと快楽に流されて、義賊だった頃の自分から遠ざかっていく。
それでも板倉と距離を置くことはもうできない。




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2009/9/1