別れ際に 十数分前に脱いだジーンズに再び足を通す零の背中を、ミツルはぼんやりと眺めていた。 身支度を終えようとしている零に対して、ミツルはまだ下着すら身につけずに全裸のまま布団の中に居る。 射精の後は動く気にはなれない。 終わった後もしばらくは零と抱き合っていたかったが、外はもう暗くなっていた。 家に遊びにきた零と話をしているうちに何となくいい雰囲気になり、敷きっぱなしだった布団の上に零を押し倒してしまったのだ。 まだセックスに慣れていないミツルは、挿入の時も零の中に性器をうまく入れることができず、せっかく盛り上がっている最中に待たせてしまうという失態まで犯していた。 零の反り返った性器は先走りの滴を溢れさせ、指で慣らした窄まりは挿入を待ち焦がれているかのようにひくついていた。そんな淫らな零を見てしまっては、興奮しない ほうがおかしい。 あれこれ考えているうちに、零は身支度を終えた。こんな遅い時間になってしまっては、無理に引き止めるわけにもいかない。しかし心のどこかでは、まだ別れたくない という未練がましい気持ちがあった。そんな誘惑に勝てなかったミツルは、零との記憶を総動員して何とか話題のネタを絞りだす。 「そういえばさ、零……」 「何?」 「初めて会った夜に持ってた斧って、家から持ってきたのか」 排ガスで満たされていた車の窓ガラスを割った、あの斧。 やはり自殺サイトで話し合った計画を聞いて、わざわざ用意したものなのだろうか。命を捨てるために集まった3人を助け、義賊仲間として誘うために。 邪魔をされた時は頭にきて零を怒鳴りつけたが、今となってはいくら感謝しても足りないくらいだ。俯いてばかりだった暗い毎日に、新鮮な空気を送り込んでくれたのだから。 「お前、今更そんなこと気になったのか?」 零は苦笑すると、ミツルの枕元に腰を下ろした。本当は帰ろうとしていた零を引き止めるために、苦し紛れに出した話だとは言えない。 ミツルの髪に、零が優しい手つきで触れてくる。そうされるだけで、抱いている時に味わった零の温もりや匂いが生々しくよみがえり、身体が疼いてしまう。 「いや、零が言いたくないならいいんだ」 「俺が立てていた計画のために、あれを手に入れた。それだけだよ」 どこから持ってきたのかは口に出さなかった。店で新品を買ってきたのかもしれないし、知り合いから借りたのかもしれない。 詳しい事情が明かされようがされまいが、零との関係は何の影響もない。深く考えずに納得するのが1番だ。 ミツルは射精後の疲労で重くなった身体を起こすと、零を抱き寄せてくちづけた。義賊としての役目をひと段落させた後でも、未だに零は謎が多い。どこに住んでいるのかも、 どこの学校に通っているのかも知らない。宇海零というあまりにも珍しい名前が、果たして本名なのかも曖昧なままだ。 唇を重ねているうちに、零の両腕がミツルの背中にまわされてきた。絡め合う舌の動きは、お互いにまだ拙いものだった。それなのにこんなにも興奮してしまう。 「もう帰る時間なのに……ごめん、でも零と離れたくないんだ」 くちづけを終えたミツルがそう言うと零は、戸惑ったような表情を見せた。隠し切れずにうっかり本音を語ってしまい、迷惑だと思われてしまったかもしれない。 仲間内ではもう連絡を取り合わない約束を交わしたはずが、零とミツルだけはこうして今でも変わらずに会っている。ユウキやヒロシに対して後ろめたさを感じながらも、 零がミツルを拒絶しない限りは縁を切ることはできない。したくない。男同士なのに誰にも言えないような深い関係になって以来、後戻りできないほど零の全てに溺れている。 「お前と離れるのは俺も寂しいけど、長く居座るとミツルの家族にも悪いしさ」 「俺は……家に居ても居なくても一緒で、あまり構われないから」 「そんなこと言うなよ、お前が居なくなったらみんな心配するよ」 「本当なんだから仕方ないだろ、何も知らないくせに!」 慌てて口を塞いでも遅かった。家庭内のことで零に八つ当たりしても仕方ないのに。自分が情けなくて涙が浮かんでは溢れ、止まらなくなってしまった。 零に背を向けると、ミツルは手の甲で目を擦って涙を拭き続けた。そうしていると、零がミツルの背中にしがみついてきた。肩を強く掴んでくるその手は小さく震えている。 こんなふうに涙を零に見せるのは何度目だろうか。 「俺が無責任なこと言わなきゃ良かったんだ、ごめんな」 「ちがっ、違うんだ、零のせいじゃない」 必死で弁解しても、空回りのような気がしてならない。零を無理に引き止めてまで、こんな展開を迎えたかったわけではなかった。 優しくしてくれる零に、自分はどこか甘えているのだと思う。いつまでもそんな調子ではいけない。 「ミツルが元気になってくれるなら俺、何でもするよ」 甘く囁くような零の一言に、ミツルは頬が熱くなるのを感じた。しかも先ほどよりも更に身体が密着しているのがたまらない。 零が仲間想いなのは知っているが、こんなに思わせぶりで無防備なことを言われると逆に不安になる。 具体的に何をするのかも聞いてないのに、どうしてもいかがわしいものを妄想してしまうからだ。 「い、いきなり変なこと言うなよ!」 「そんなに変かな、でも本気なんだ……信じてくれ」 「大丈夫! もう全然平気だから!」 今の雰囲気を破ろうとして、ミツルは必死に笑顔を作ると慌てて振り返った。零は驚いたのか、呆然としてこちらを見ている。 「こんな俺のこと、零が気にかけてくれるだけですごく嬉しいんだ。ありがとう」 「ミツル……」 「本当はずっと一緒に居たいけど、やっぱりもうこんな時間だからさ。また今度遊ぼうよ」 「ああ……分かったよ」 零は少しの間ミツルを真っ直ぐに見つめた後、ゆっくりと立ち上がる。 駅まで送っていこうとして布団から出ると、自分がまだ全裸だったことに気付いたミツルは急いで下着を手に取った。 |