悪い癖 自分の欠点と言えば昔から考え方が後ろ向きで、人付き合いの悪いところだと思う。 むしろいいところを探すほうが難しいかもしれない、そんな人間だ。 しかし最近は、自身の更に醜い部分を知った。生まれて初めて人を好きになったが故に、はっきりと気付いてしまったのだ。 「わざわざ付き合ってもらってごめんな、零」 「別にいいさ、俺が勝手についてきたようなもんだし」 レンタルショップで借りてきたDVDを返してきた帰り、近所の商店街をミツルは零と並んで歩く。昨夜は泊まりに来た零と映画のDVDを観たり、他愛のない話で盛り上がった りと、朝まで楽しい時間を過ごした。ひとりでは永遠に感じるような時間も、零と一緒に過ごしていると本当にあっという間に過ぎて行く。結局眠ったのは朝からの4時間 程度だ。いつもより短い睡眠時間でも、今は全然辛いとは感じない。 これからどこへ行こうかと考える。ゲームセンターで遊ぶのもいいし、ファミレスに行ってまた色々と語り合うのも楽しそうだ。 せっかくの日曜、ひとりで過ごすのはあまりにも寂しすぎる。零と出会う前なら家でひたすらゲームをして過ごしていたので、そんなことは感じなかったのに。 そんな時、向かい側から歩いてきた誰かが零を見て駆け寄ってきた。当然、ミツルの知らない人間だ。 「宇海じゃねえか、久し振りだな!」 「あっ……お前、元気だったか?」 驚きながらも表情を緩ませた零の反応からすると、昔の同級生あたりだろう。 男は制服姿で、運動部なのかスポーツブランドの大きなバッグを持っている。背が高くさわやかな印象の男で、まさにミツルとは正反対だった。 人当たりの良い零なら親しい友達がたくさん居ても不思議ではない。元々、住んでいる世界すら違うと感じたほどだ。 久し振りに顔を合わせたらしいふたりの、何気ない会話。昔の思い出という、ミツルの入り込めない世界。 まるで見せつけられているようで不安と不満が募っていく。苛立ちを表に出さないように必死で堪えた。 唇を噛んでいるミツルと、男の目が合った。無意識に険しい表情をしてしまったミツルにも嫌な顔ひとつせずに、男はこちらに向けて両手を合わせた。 「ごめん! ちょっとだけ宇海とふたりで話がしたいんだ。いいかな?」 「えっ、ああ……いいけど」 呟くようにミツルがそう言うと、男は笑顔になって零を少し離れたところへと連れていく。無愛想な対応をしてしまった自分が急に恥ずかしくなった。 ふたりでしたい話とは何だろう。終わるまでここで待っているつもりだったが、どうしても気になる。腕時計を見るとまだ1分しか経っていないのに、すでに1時間以上も この場に立っている気分になる。一体何を話しているのだろう、他の人間に聞かれたくないような、知られたくないような話を零とふたりでするだなんて。 零と男が居る建物の陰にこっそり近づき、いけないことだと思いながらもふたりの様子を伺う。そして交わされている会話内容に大きな衝撃を受けた。 「中学の頃から、ずっと気になっててさ……忘れられなかったんだ」 「えっ、どうしたんだお前、マジかよ」 「本気じゃなきゃこんなこと言わねえって、好きなんだよ宇海のこと」 先ほどまでの余裕は消え失せ、男は純情丸出しで零と向き合っている。 ミツルは自分のことを棚に上げ、男のくせに同姓に告白するとはとんでもない奴だと思った。 零はどこからどう見ても正真正銘の男だ、そんな零にいかがわしい想いを抱くのはこの世でひとりだけで充分だ。 その先を聞くのが耐えられず、ミツルは静かにその場を離れた。女子にも人気のありそうな、明るい雰囲気のあの男なら零も告白されて悪い気はしないだろう。 しかし何年も零に会っていなかった男に、人生を変えてくれたほどの大切な恩人でもある零をあっさり奪われるのは嫌だ。 人を好きになる気持ちも知らず、自殺未遂までしたこんな自分に勝てるものは何ひとつない。所詮ひとりでは死ねなかった臆病者だ。 泣きそうになりながら立っていると、零がひとりで戻ってきた。話をしていた例の男とは一旦別れてきたらしい。 「ミツル、遅くなってごめんな!」 無邪気に笑いかけてくる零に対して何も答えずに重いため息をつき、ミツルは先を歩いた。 結局零はあの男の告白にどんな返事をしたのか気になったが、知るのが怖くて聞けない。 あいつと付き合うことにしたからもうミツルとは別れる、と言われたらもう立ち直れない。そもそも男同士なのに別れる別れないという展開になるのはおかしい話だが。 強い力で肩を掴まれて振り向くと、後から追いついてきた零に真っ直ぐ見つめられる。その視線に圧倒されながらもミツルは口を開いた。 「さっきの、零の知り合い?」 「あいつは中学の時の同級生で、仲は良かったけど……それだけだ」 「仲良かったって、どれくらい? キスはしたの?」 「いい加減にしろよ、ミツル」 零は珍しく厳しい表情で、静かに怒りを露わにした。そんな顔が見たかったわけではないのに、胸に渦巻く醜い嫉妬のせいで気まずい雰囲気になっていく。 今まで他人に執着したことがなかったので、今更気付いた。自分は恐ろしく独占欲が強いということに。零に対してやたら好意的に接してくる人間は、 性別年齢関係なく誰でも零を狙っているようにしか見えなくなっている。 「だって零、告白されてただろ……だから俺、不安になって」 「聞いてたのか?」 「どうしても気になったんだ、ごめん」 もはや零の顔をまともに見られなくなった。元同級生との話を盗み聞きした挙句に被害妄想を膨らませ、酷い八つ当たりをしてしまった。 あれからどうなったのか分からないうちから、すでに捨てられる予感がして止まらないのだ。 「もう何年も連絡取ってなかったし、友達以上には思えないから断ったよ」 「……本当に?」 「お前はどうしてそんな、後ろ向きにしか考えられないんだ」 淡い期待を抱いて裏切られるくらいなら、悪い予感どおりの展開になったほうがダメージは少なくて済む。そう考えて身を守ってきたつもりだった。 俯くミツルの胸に、零が顔を埋める。香った髪の匂いに胸が熱くなった。 「今は、お前のことだけだよ」 その言葉に、ささくれていた心が癒されていく。他の男に告白されても、零はミツルを選んでくれたのだ。それを実感して涙が出そうになった。 零を強く抱き締めようとして、その手がぴたりと止まった。何故かといえば、自分と零を取り巻いている今の状況に気付いてしまったからだ。 しばらく忘れていたがここは商店街の中で、日曜なので家族連れや若者の集団が多く行き交う場所。密着している男ふたりを怪しいものを見るような視線が痛いほど伝わってくる。 「ぜ、零……今はまずいって」 「俺だって恥ずかしいけど、お前の機嫌が直らねえから!」 「ご、ごめん……!」 囁き合うような会話の後、ふたりは離れて再び並んで歩き出した。 街中で手を繋ぐことさえ拒んだ零に、人前で恥ずかしい思いをさせてしまった。やはり後ろ向きに考えるのは悪い癖だ。大切な相手に迷惑をかけてしまってはどうにもならない。 |