妄想と欲望と





「ここは、この式を使えば答えが出てくる。分かるな?」

そう言いながら零は、ミツルのノートに数字や記号を書き込んでいく。 丁寧な説明のおかげで、ひとりで立ち止まっていた頃とは比べ物にならないほど勉強が効率良く進んでいる。
あと数日に迫った定期試験に向けて、苦手な数学に頭を悩ませていたミツルは藁にも縋る思いで零に家庭教師役を頼んだのだ。 期待通り、零の教え方はとても分かりやすかった。基本の段階ですでにつまずいているミツルにとっては本当に有り難い。
学校では勉強を教えてくれるような親しい友人はおらず、教師を頼って何時間も職員室に入り浸るのも気が引けた。
零はこちらが初歩的な質問をしても馬鹿にしたりはせず、親切に教えてくれる。しかもこうして部屋でふたりきりならば、周囲の目を気にする必要もない。
何気なく目線を上げると、小さなテーブルの向かいに座る零の唇が視界に入る。それは数日前、勃起したミツルの性器を奥深くまで咥え込んでいた。
そんな様子を思い出していると、急に思考が乱れた。順調に問題を解いていたはずが、零の淫らな姿ばかり頭に浮かんできてしまう。 密着してきた身体の温もり、ミツルの精液を舐めて飲み込んだ舌や喉の動き、それら全てが未だに夢ではないかと思う。
零を脱がせて、指や舌で愛撫を与えたらどんな反応を見せるのか妄想が止まらない。

「ミツル、手が止まってるぞ」
「あっ、ごめん……」
「分からなくなったら、どんなことでも聞いてくれよ」

どうしたら零が気持ちよくなるのかが分からない、と密かに胸の内で呟いた。当然口には出さない。
またあの時の続きがしたい。そう思っているのはミツルだけだろうか。勉強を教えている今の零からは、淫らな言葉を口にしたり思わせぶりに触れてくる気配は感じない。 今回は家庭教師役として来てもらっているので、この間のように色っぽい雰囲気には流れなくても当然だ。
何とか問題を解き終え、零に採点してもらう。その間に別の教科書を取りに行く振りをして立ち上がると、ミツルのノートに集中している零を背後から抱き締めた。

「……少し、休憩しよう」

ミツルはそう囁くと、両腕に更に力を込めた。驚いたらしい零は、身体を強張らせたまま動かない。勉強を教えに来て、こんなことをされるとは思っていなかったのだろう。 このままでは妄想が膨らむばかりで、勉強どころではなかった。とにかく零に触れたくて温もりを感じたくて、そればかりで仕方がない。
いくらかの沈黙の後、零は小さく息をついた。

「俺はミツルと離れたくないばかりに、間違った道に誘い込んでしまった」

ノートの上に置いた手を強く握り締める零を見て、ミツルは首を左右に振った。本当は零と会えなくなるのは寂しくて辛い。それでもひとりで暴走して迷惑をかけるくらい なら、零を傷つける前に離れるほうがいいと思ったのだ。零は未だに誤解しているかもしれないが、簡単に割り切って別れを告げたわけではなかった。
男同士でくちづけをしたり、勃起した性器をためらいなく咥え込んだ零の意外な一面を見て驚いたりもした。妄想だけは色々していたものの、実際にくちづけを受け入れた のは紛れもなくミツル自身の意思だ。嫌だと思えば拒否できたのだから。そうしなかったのは、零とのそういう行為を心の底で望んでいた証拠だ。

「今更だけど、もし俺と出会わなければミツルは道を踏み外さずに……」
「違う!」

背後から抱き締めたまま思わず耳元で叫んでしまったので、零は驚いた顔で振り向いた。
ミツルはすぐに零の肩を掴んで、身体の向きをこちらへ変えさせる。

「あの日、零が来なかったら俺はユウキやヒロシと一緒に死んでたよ。もう生きることに未練なんてなかったから……でも、来てくれたおかげで 何の取り得もない俺だけど、頑張ってまた生きていこうって思ったんだ!」
「でも俺はお前を危ないことに巻き込んで、この前も」
「零に出会えたから人を好きになる、こんな気持ちを知ることができた。だから俺は道を踏み外してなんかいない!」

大きな声で恥ずかしいことを叫んでしまい、ミツルは顔が熱くなるのを感じた。 勢い余って告白までして、もう零の顔をまともに見ることができない。
強く掴んでいた零の肩から手を離し、俯いた。さすがに引かれたような気がする。
反応を恐れながら顔を上げると、零は真っ直ぐにミツルを見つめていた。その眼差しからは少しの嫌悪も感じられない。

「お前が俺をそういうふうに思っていたなんて、知らなかったよ」
「ごめん、急に変なこと言って。でも本気なんだ。零にとっての俺はただの友達っていうか、義賊仲間だとしても」

自信のなさが気持ちを卑屈なものへと動かしていく。期待をすればするほど、突き放された時のショックが大きく深いものになる。
零はミツルの手に触れると、それを強く握った。突然重なった温もりに心が乱される。

「ただの友達だと思ってる奴に、あんなことすると思うか?」
「ぜ、零……!?」
「どうしても離れたくなくて、お前を俺と同じところまで引きずりこもうとしていた。いくら迫っても拒まれなかったから調子に乗って……」

そう言って思い詰めているような顔を見ているうちに、離れたくなくて自分から迫ったということは零も同じ気持ちだったのかと思えた。
ゆっくりと手を伸ばし、零の頬に触れた。なめらかな感触が心地良くて何度か撫でていると、零のほうからミツルの手に頬をすり寄せてきた。 まるで猫を思わせるような仕草が愛おしくてたまらず、気が付くとミツルは零を絨毯の上に押し倒していた。


***


緑色のTシャツを鎖骨の辺りまで捲り上げると、淡い色の乳首が露わになった。ミツルに組み敷かれている零は、緊張しているのか目線を逸らしたまま黙っている。

「零、寒くない?」
「ああ、大丈夫……」
「布団敷いたほうが良かったかな」

それでも中途半端に脱がせた零を放置して、布団を敷きに行く気分にはなれなかった。今は少しの間だけでも離れてしまうのが惜しい。
乳首を舐めて軽く吸い上げると、零の唇から鋭く甘い声が漏れた。唾液に濡れたそこは尖り、胸の上で控えめに快感を訴える。 流されるばかりだった数日前とは違い、今度はミツルが積極的に動いて零の理性を崩していく。立場は明らかに逆転していた。
求められるままに深いくちづけを交わし、闇雲に舌を絡め合う。技巧も何もない、ひたすら互いの唇や舌を貪るだけの行為だった。
零はミツルの下で息を乱しながら、ジーンズのジッパーを下げて下着と共にそれを脱ぎ捨てる。それまでは見えなかった零の性器はすでに反り返っていた。
初めて目にした零の裸は余分な脂肪など一切ついておらず、毎日身体を動かす運動部の生徒達のようにしっかりと引き締まっていた。特別に色白というわけでもなく、 外見はどこにでも居る普通の少年と変わらない。
しかし頭の回転が恐ろしく速くて面倒見が良く、詐欺行為を働いていたヤクザが相手でも落ち着いて作戦を練っていた。 そんな零が今、Tシャツも脱いで靴下以外は何も身に着けていない無防備な姿を晒している。ミツルひとりの前だけで。

「ミツル、お前も」

縋るような目でそう言われて、拒めるはずがない。ミツルは頷くと、零と同じように服を脱いで裸になる。靴下はそのままでも支障はなさそうだ。 再び身体を倒すと、互いに勃起した性器が触れ合う。思わず腰が疼いて自分のそれを零にゆっくり擦り付けた。

「お前のも硬くなってるんだな……」
「零のせいだよ」
「俺のも、ミツルに乳首舐められてからずっと」

零のその言葉は震えて途切れ、その代わりにミツルの背中を強く抱き締める。体温を生々しく肌で感じた。
いつか見た夢の通り、零と深いくちづけをして裸で抱き合っている。しかし身体はそれ以上の行為を求めていた。自ら服を脱いだ零も多分、同じ気持ちだと信じたい。
本屋で周囲を気にしながら読んだ成人向けの漫画を思い出しながら、これからのことを考える。漫画の中で絡み合っていたのは男と女だったが、男同士の場合は色々とやり方 が違うのだろう。性器の入れ方も繋がる場所も何もかもが未知の世界だ。セックスの実体験がないせいで、考えれば考えるほど頭が真っ白になってしまう。
ミツルは零をうつ伏せにさせ、腰を上げるように頼んだ。こちらに向けられた小さな尻の割れ目を指先で辿り、固く閉ざされている窄まりに触れた。
絨毯に顔を伏せた零が、びくりと身体を反応させた。まるで怯えたようにも見える。

「ま、待てよミツル……そこは」
「もう抱き合ってるだけじゃ我慢できないよ、零は違うのかい?」

そう問いかけると零は急に黙り込んだが、ミツルに尻を向けたまま動かない。息を整えようとしているのか、何度も何度も深く呼吸を繰り返している。

「指、入れるよ……痛かったら言って」

唾液で指を充分に濡らし、再びそこに触れる。爪を立てないように気を付けながら、少しずつ指を押し込んでいく。零はうまく力を抜くことができないようで、 1本でもかなり辛そうだ。必死に痛みを堪える様子に胸が痛んだが、思い切って更に指を進めた。
付け根まで入ったところで指先を曲げてみると、零が短く声を上げた。慌てたミツルの指が強く締め付けられる。

「どうしたの零、痛かった?」
「っん……今の」
「ごめん、すぐに抜くから」
「違うんだ、今のもっと欲しい」

あの瞬間から、痛みを忘れられたようだ。零の性器からは先走りが溢れ、絨毯にいくつかの染みを作っていた。
先ほどと同じ部分で指を曲げ、繰り返し刺激するたびに零はミツルの指を締め付けながら腰を小さく揺らした。切羽詰まったような、余裕のない喘ぎ声。
密かに指をもう1本増やしても、すっかり蕩けきったそこは難なく受け入れてしまう。
息を荒げながら指を抜き、代わりに性器を押し当てると零の腰を両手で掴んだ。狭い腸壁をじわじわと拡げながら、腰を進めていく。

「すごい吸い付いてきてる、零は気持ちいい?」
「よく分からねえ、でも変な感じで、俺……」
「こんな格好で俺のこと受け入れて、いやらしいね」
「ミツル……!」

責めるような口調で名前を呼ばれたが、語尾にはどこか甘い響きが混じっていた。大切に扱いたい気持ちの裏で、もっと乱れさせたいという欲望が渦巻いている。 すでに言葉の端々にはそれが現れ始め、自分の心を保てなくなっていく。
ミツルは零の背中に覆い被さり、両脇に手を入れて自分のほうへと引き寄せ身体を密着させる。零の髪や首筋に顔を近づけてみると、うっすらと汗ばんでいた。
指を入れた時に零が反応した部分を亀頭で探り当て、強く突いた。とうとう喘ぎを堪えきれなくなった零に興奮して、腰の動きを更に激しくする。

「はあ、んっ……そんなにされたら俺、だめだ……」
「俺もだよ、零の中が良すぎてもうイキそう!」
「ミツル、頼むからまだ」

中には出さないでほしい、という願いを聞き入れようとしたが間に合わなかった。
腸壁に包まれたミツルの性器は脈打ち、精液をそのまま奥へと注ぎ込んでしまう。 萎えた性器を抜くと、今度こそ嫌われるかもしれないという恐怖と罪悪感に襲われ泣きそうになった。
零はミツルに拡げられた穴から精液をどろりと滴らせながら、自身の手の中に射精した。


***


無言で下着と服を身につける零を前にして、言い訳すら出てこない。部屋は汗と精液の匂いがこもり、気まずく終わった性交の名残がなかなか消えない。

「今日は俺、もう帰るから。勉強の続きはまた今度な」

静かにそう言って立ち上がった零の腕を、ミツルは思わず掴む。このまま帰してしまったら後悔すると思った。

「さっきは、ちゃんと零のこと気遣えなくて……ごめん」
「あれは俺のわがままだよ」
「そんなの、あの時俺が我慢していれば」
「別に怒ってねえから、大丈夫だ。気にするな」

零は涙ぐんでいるミツルの前に膝をつくと、表情を緩めた。本当は嫌だったのに無理をさせているとしたら、あまりにも自分が情けなくなる。
身体の繋がりを持っても、これからも今までのように親しい間柄でいられるのだろうか。変に意識してぎこちない関係になってしまわないか不安だった。 零をどうにかしたいという卑猥な欲望ばかりが突っ走って、後のことは一切考えていなかったのだ。




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2008/3/9