汚れた指先 「今日はあのゲームやらないのか?」 玄関で靴を脱いだ後、そのまま階段を上るミツルの背後から零が問いかけてくる。 初めてプレイした日から、零はかなり気に入ったようだった。コントローラーを握っている姿は本当に楽しそうで、詐欺集団から金を奪う計画を立てていた時とは違う、 年相応の少年そのものだった。 「大事な話があるんだ、俺の部屋行こう……静かだから」 「話? まあ、いいけど」 テレビゲームのある居間では、いつ家族が入ってくるか分からない。横切られただけで雰囲気が台無しだ。 今日はある決意をして零を家に呼んだのだ。もう引き返せない。 ミツルの後について部屋に入った零は着ていたジャケットを脱ぎ、数日前と同じ場所に腰を下ろした。部屋はきれいに片付け、いつでも人を呼べる準備を整えてある。 「で、話って?」 「……実は昨日、変な夢を見てさ」 「どんなの見たんだ?」 興味津々という感じの視線を送ってくる零の顔をまともに見られない。これを告げないと話が進まないのに、真っ直ぐな視線に怖気付いてしまう。 緊張のせいか、手のひらに汗が浮かんでくるのを感じた。不自然なほどゆっくりと呼吸を整えてから、ミツルは口を開く。 「俺と零が、裸で抱き合ったりキスしたりしてる夢……」 語尾が震えて小さくなった。そんなミツルの言葉を聞いた零は唇を少し開いた表情で、呆然としたようにミツルを凝視してくる。 直後、情けないことにものすごい後悔が襲ってきた。あれほど悩んだ末にようやく打ち明ける決意をしたのに、やはり言わなければ良かったという気持ちに支配される。 「いくら夢でも変だよな、男同士なのにおかしいよな。でも俺、あの夢見て興奮したんだ」 衣服越しでは伝わってこなかった零の体温、なめらかな素肌の感触。そして重ねあった唇の柔らかさ。 夢は起きた途端に忘れてしまうことがほとんどだが、あの淫らな夢は恐ろしいほど生々しくミツルの記憶に残っていた。思い出すだけで身体の奥が疼いてくる。 「今もこうして一緒に居るだけで、零のことを意識してる。また触れたいって思う」 初めてこの部屋に零を招いた日、色々あって抱き合ってから全てがおかしくなった。 それまでは頼りがいのある仲間で、命の恩人という存在だった零のことを性欲の対象として考えるようになってしまった。半裸の零が甘い声でミツルを誘ってくる妄想で、夜中に何度も自慰をした。 それを繰り返す度に心の片隅に芽生える罪悪感は、強い興奮ですぐにかき消されていく。 やがて自分の手に吐き出した生温い精液を見て、ようやく我に返るのだ。 度胸も行動力もある零を、本人の知らないところで慰み者にする薄暗い行為。強引に押し倒すことすらできない臆病な自分には、どう頑張ってもこれが精一杯だった。 「ずっと零のことばかり考えて、それだけで頭がいっぱいになるんだ」 「ミツル、お前……」 「我慢できなくなって、そのうち零に変なことするかも」 同じ男を異常なほど意識して、しかもそれを自分から告白してしまった。嫌悪感を露わにした零に背を向けられたとしても当然だ。 しかし零は立ち上がって出て行くわけでもなく、きつい言葉でミツルを罵倒する様子も見せない。ひたすら黙ったまま、こちらを見据えている。長い沈黙が重く感じた。 「だから俺と零は、もう会わないほうがいいと思ってる」 「……嫌だ」 「えっ?」 「俺は、お前みたいに簡単には割り切れない。せっかく知り合えて仲良くなれたのに、ミツルは本当にそれでいいのかよ!」 零が放った全く予想外の言葉に、頭の中が真っ白になった。嫌われる覚悟だけをしていたので、この流れに対してどのようにすればいいのか、ミツルは困惑した。 「本当はこれからもずっと零とは友達でいたいよ、でも」 「お前に抱き締められた時、すごく心地良かった」 正面の零が、少しずつミツルに近づいてくる。気のせいではなく、互いの距離はそうやって確実に縮まっていた。そして小さな息遣いも聞こえる際どい位置で向かい合う。 これ以上はだめだ、と思ったが身体が動かない。心とは裏腹に、欲望に正直すぎるこの身体は零の温もりや匂いを求めているのだと思い知った。 「ミツル、お前は誰かとキスしたことあるか?」 「え、なっ……ないよ」 「俺も……」 理性を全て壊すほどの囁き声に意識を奪われた途端、寄せられた零の唇がミツルの呼吸を柔らかく塞いだ。 ミツルにとっては生まれて初めてのくちづけだった。目を閉じている間、重ねられている唇の感触だけが全てだった。相手が男でも、嫌だとは思わない。 むしろもっとしていたい、このまま強く抱き締めたい。近づいてきた零の、長い睫毛を思い出しては胸が熱くなる。 やがて零の唇が離れていき、まるで夢から覚めたかのような気分になった。 こんな行為をしてしまったら、今までとは違う意味で零を友達としては見られなくなってしまう。ミツルの唇を求めてきた零は、それを分かっているのだろうか。 「なあ零、今のもう1回したい」 欲望のままに零を抱き寄せ、再びくちづけを交わす。ただ重ねているだけでは物足りなくなり、閉じられている零の唇に舌を押し当てて口内に入り込もうとした。 すると零も少し遅れてミツルを受け入れ、たどたどしい動きで自身の舌を差し出してきた。 ミツルの二の腕に触れている零の手が、舌を絡め続けているうちに縋るように掴んでくる。 そんな様子が愛おしくてたまらなくなり、零を強く抱き締めた。幼さを残した顔立ちや細い身体のせいで、もしまだ中学生だと言われてもうっかり信じてしまいそうだ。 先日も同じ強さで抱き締めると痛がっていたことを思い出して力を緩めようとしたが、零は痛いとも苦しいとも言わずにミツルの背中に腕をまわして応えてきた。 それにしても、これからどうすればいいのか迷った。くちづけをして強く抱き合い、その後に行き着く展開を考える。ここまで来ておいて、押し倒す勇気が出ない。 くちづけ以上のことを零が望んでいないとしたら、今度こそ拒絶されるのが怖かった。 零は腕の力を抜くと、片手でミツルの股間を撫でた。ジーンズ越しとはいえ突然の刺激にびくりと身体を震わせると、勃ち上がりかけた性器の形を確かめるように零の手が動いていく。 指先で軽く引っかかれて、みっともなく息が乱れてしまった。 「俺とキスして抱き合ったから、こんなふうになったのか?」 小さな声で問われて、ミツルはためらいもなく頷いた。もう否定する気にはなれない。 すると零はジッパーに手をかけるとそれを下ろし、地味な色の下着の中を探ってミツルの性器を露わにした。そんな行為を見て、驚きで声すら出てこない。 「もし嫌ならやめるから、すぐに言ってくれよ」 そう言って零はミツルの性器を握り、上下に動かし始めた。零の手に導かれて完全に勃起し、性器を包んでいた皮の下から濃い色の亀頭が現れる。 最初はゆっくりだった動きが少しずつ早くなる。浮かんできた先走りの滴が亀頭の割れ目から次々に溢れて、零の手を汚した。 こちらに視線を向けながら、手を使ってひたすら性器を扱き続ける零から目を逸らせない。勝手な妄想だけではなく、まさかこんなことが実際に起こるとは思わなかった。 「これから、俺にどうしてほしい?」 「どうして、って……」 「お前が望む通りに、するから」 夢を見ているのだろうか。あの零が、こんなにいやらしいことを求めてきているのが信じられない。戸惑いとは別に、今ならどんな要求をしても従ってくれるのでは、という 最低な考えが浮かんだ。両足を大きく広げさせた零に息を荒げて覆い被さる自身を思い描いてしまい、慌ててそれを脳内から振り払った。 初めてくちづけしたばかりなのに、突然そんな展開に持って行くには無理がある。 「今度は零の口で……続きを、してほしい」 ためらい気味にそう言うと、零は性器の根元を手で支えながらミツルの股間に顔を伏せた。小刻みに舌先を動かして、割れ目やくびれた部分を強弱をつけて舐め続ける。 不意打ちで亀頭を強く吸われ、強い快感で達してしまいそうになった。すでに他の男との経験があるのではないかと思わせるような、恐ろしく巧みな愛撫だ。 くちづけすらしたことがないと言っていたので、零にとっては本当にこれが初めてなのかもしれないが。 ミツルの性器が、零の口内に飲み込まれては唾液に包まれながら再び姿を見せる。何度もそれが繰り返されているうちに、今度こそ射精の瞬間が近づいてきた。 「もうだめだ、出る!」 「出せよ、このまま」 「そんなこと、うあっ……!」 割れ目を舌先で強く抉られた途端に性器が大きく脈打ち、勢い良く精液を放った。零の頬や口元が白く汚され、伝い落ちていく。 「あっ、ごめん! すぐに拭かなきゃ、どこかにティッシュは……」 「いらねえよ、そんなの」 部屋中を見回してみたものの、肝心のティッシュの箱が遠く離れた位置にあることに気付いて脱力していると、零はミツルの精液を指ですくってそれを舐め取った。 時折見える赤い舌先がやけに艶かしく感じた。 何度か喉が動くのを見て、全て吐き出さずに飲み込んだのだと知る。 「こんな俺を見て、嫌いになったか?」 「き、嫌いになんかなるわけないよ」 どうしようもなく高鳴る胸の鼓動を止められないまま、零の頬に手を伸ばす。 まだ取れていなかった精液を指で拭い、先ほどまでミツルの性器を奥深く咥え込んでいた唇にそっと押し当てた。 「これも残ってるよ……ちゃんと舐めて、零」 耳元にそう囁くと零はミツルの手を両手で包み込むように握り、目を閉じて白く汚れた指先にねっとりと舌を絡めた。 指の腹や爪まで、くちくちと濡れた音を立てて愛撫し吸い上げいく。 そんな様子を見ていると、興奮と共に大きな不安も感じた。もしユウキやヒロシが相手でも、もう会わないと言われたら離れたくない一心で身体を使って説得したり するのだろうか。 仲間を大切にする気持ちを逆手に取られて激しい行為を要求されたり、卑猥なことを言わされたりする零を想像するだけで嫉妬して、頭がおかしくなりそうだった。 |