「つ、つづき?!」
アスランは心底驚いたようだった。
あれから先に、まだ何かやることがあったのかと思って愕然としている……ように見える。
いや、そうじゃなくってね。
「アスラン……」
キラが溜め息とともに名を呼ぶと、アスランの身体がビクリと反応した。
「なに、キラ……」
アスランの顔が強ばっているのがわかって、キラは少しばかり傷付いた。
確かにアスランははじめてだったし、キラだって同性相手ははじめてだったから、何もかもうまくいったわけではなかったけれど。でもアスランだって声をあげてくれたし、しがみついてきたし、そりゃ、いっぱい泣かせてしまったけど、いやじゃなかったって言ってたし。
「アスランの寝顔を見ながら目覚めるはずだったのに……」
上目遣いで恨みがましく言うと、アスランが、うっ…と唸った。
「寝顔なんて見なくたって……」
「男のロマンだよ、アスラン」
「いっぱい見てるだろ!」
「昔とは違うよ」
月にいた頃は、よく一緒に寝たし、お風呂だって一緒に入ったし、寝顔なんていっぱい見てるけど。でもそれとこれとは違うとキラは主張する。
「人生に、もしもはないって言うけど……」
キラは言う。
「アスランと離れてた三年間をやり直すことはできないし、戦争のことも変えられはしないけど」
でも、とキラは続けた。
「一年前のことはやり直しがきくと思うんだ」
「キラ……」
「何度でも言うよ、アスラン。僕は君が好きだよ。君は?」
「おれは……」
アスランは困ったように俯いて、ごにょごにょと言葉を濁した。
「おれは、おれだって……」
ごにょごにょごにょ。
「この一年、アスランは淋しいと思ってくれなかったの?」
僕は淋しかったよ。
「キラ……」
何だかすまなそうに自分を見るアスランに、キラは心の中で苦笑した。
アスランが淋しくなかったわけがない。たくさんのハロがそれを物語っている。彼の作るものは彼より雄弁だから。
ただそれを、アスランがちゃんと自覚しているかどうかは別の話だ。
クスリと笑ったキラは、「アスラン」と恋人の名を呼んだ。
「おいで。一年前の続きをしよう」
一年前は夢中でよくわからなかったけれど、長すぎるインターバルがキラを冷静にさせた。反対にアスランの方は、突然の来訪と出来事にまだ戸惑っているらしい。
「キ、キラ。その、明かり……」
ソーラーの自家発電から、ささやかな明かりをアスランは各部屋に引いている。
昔ながらの生活といってもいろんな時代のものがあって、アスランのいるコミューンはそれほど原始的でも厳しくもないらしい。もともとこの土地一帯はアスランのお母さんが所有していたもので、この端の一画だけを残してあとは寄付したのだという。そういうこともあって村の人たちはアスランには寛容で、ただ外れ(ようする正規のコミューンではないということ)ではあっても、住人達が外界からの干渉を嫌うから、電気や電子ペットは作れても情報関係は遠慮したということだった。
だからメールを送れなかったんだとアスランは言いたかったらしいが、本当はアドレスを聞き忘れていたからだと、のちにキラは白状させた。
「どうして? 明かり消しちゃったら、アスランの顔見えないでしょ」
キラは少しばかりいじわるだ。
指も唇も手のひらも、一年前よりずっとやさしくアスランに触れるけれど、口ではいろいろと追い詰めている。
「でも……」
「でもも何もないよ。見せてよ。一年もお預けくらってたんだから」
自分が悪いという自覚はアスランの中にしっかりあって、彼は一年というキーワードに弱い。これを言われると、途端に抵抗をなくして、しゅんとする。
「あっ」
太腿のやわらかな場所にキスをすると、アスランがピクンと反応した。
少しだけ日に焼けたアスランの中にあって、白いままの箇所に幾つも跡をつけて行く。
この際、とキラは思う。彼の罪悪感に付け入らせて貰おう。
「あ、や。そこ、いやだ、キラ」
少し涙目になったアスランが、刺激が強すぎるのか、奥をいじるといやだと啼く。
「こっちはいやがってないみたいだけど?」
いじわるく言って、ビクビクと反応する自身を擦ったら、アスランが今度は本当に泣き声みたいな声を上げた。
「言うな……!」
「言ったでしょ。隠しちゃダメだって」
クロスした腕をはがして、アスランの顔を自分に向けさせた。
目にいっぱい涙を溜めて、唇を震わせて。いじめられた子どもみたいな顔のアスランなんて、はじめて見た。
ぎゅっと強く抱き締めて、頭を撫でてやりたい衝動にかられたけれど、キラはそれをかろうじて堪えることに成功した。
いろいろ白状させなければいけない。頑固で素直じゃないこの人から、いろんな言葉を引き出さなきゃいけない。
「キラ、キラっ」
「ん? どうしたの? アスラン」
「もう……」
「もう何? ちゃんと言わなきゃわからないよ?」
アスランに限界が近いことなんてわかりきってはいたけれど、ほしければきちんと口に出して言わせるようにキラはし向ける。
「キラ……」
そんな顔してもダメだよ、アスラン。
自分の熱を持て余したアスランが、助けを求めるようにぎゅっとキラの首筋に縋り付いてくる。
「キラ、キラ」
お願い、とアスランの潤んだ目が訴えていて、キラは子どもをあやすように、ポンポンと背中を叩いてやった。
「どうしてほしいの? アスラン」
「あ……」
あくまでも言わせようとするキラに、アスランは泣きそうな顔をする。
それがあんまりかわいそうでかわいかったから、キラは少しだけ助け舟を出してあげることにした。
「イキたいの?」
耳元で囁くと、アスランがさらに強くしがみ付いて、コクコクと頷く。
子どもみたいに細いアスランの項を擦ってやりながら、キラは耳尻を甘く噛んだ。
「一緒にいこうね」
そのまま押し倒すと、密着した身体が少し離れる。横たえられたアスランが、少しだけ淋しそうに見えたのは気のせいだろうか。
それに笑いかけ、キラはアスランの片足を持ち上げた。
「あっ」
息を詰めるアスランの顔が、とてもきれいだとキラは思う。持て余す熱に指を噛み、震える彼が、ひどくかわいそうで、どうしようもなく愛しい。
「あ、あ、んんっ」
「アスラン、」
「あっ あっ」
どうして人はひとつになりたがるのだろう。
肌や体温が心地いいことは知っている。それを逃げ道にしていたこともある。欲だろうとも思う。
でもきっと、アスランとのこれは、それだけではないような気がする。
「アスラン……?」
汗で額に張り付いた髪を指で払ってやると、アスランがうっすらと目を開けた。
「きら……」
「もうちょっと我慢してね」
言うと、アスランが少しだけ拗ねたような顔をした。
「……我慢なんてしてない」
「え?」
「我慢なんてしてない」
「アスラン……!」
そんなことで拗ねる彼がたまらなくかわいくて、キラはアスランを抱き締める。
「じゃあ、一緒に気持ちよくなろう」
いつも一緒にいよう。
ずっと一緒にいよう。
あの月の頃のように。
やり直すことはできないかもしれないけれど、取り戻すことはできると思うから。
「あ、あ、きらっ」
「うん、アスラン、うん」
重ね合わせた手にぎゅっと力を入れて、心の中でもう離さないと強く誓う。離せるはずなんてないと思う。
僕たちは、一緒にいなければいけないのだから。
抱き合って、眠って、溶け合って。
月が見えるこの土地で、いちばん大切な人を、やっとキラは掴まえた。
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