非日常性というものは、日常の中に転がっているものなのだ。
気になりますから
確かあれは、先日執務室で黙々と書類に目を通していたときのことだ。
(先日の出来事なのに、何故「確か」がつくほど記憶があやふやなのかと言うと、
実はその後の出来事があまりにも印象を残しすぎているからなのだが)
「大佐、あの…」
「何だね、中尉」
なんとも珍しいこともあるものだと思った。
普段は私が仕事に集中していないと叱咤する中尉が、
私が集中しているときに声をかけてくるなんて。
見たところ、訂正を必要とする書類も持っていないし、尚更だ。
「…、いえ。お手を止めて申し訳ありません。」
「ホークアイ中尉」
「はい、大佐」
一度顔を伏せた彼女が、私の声で視線を上げる。
「一度言いかけた事は最後まで言いたまえ。
私が気になるし、何より君らしくない」
「…はい。
…そう仰るのは、とても大佐らしいですね。
ところで、本題なんですが。
大佐の上衣の裾が先程からほつれているんですけれども、
貸していただけますか?」
「…それは、繕ってくれるという事かな?」
「えぇ。大佐が裾のほつれた軍服を着て
司令部内を歩いているのもどうかと思いますし」
小さなことですけど、やはり威厳に差し障りが。
そう付け足して、私の脱いだ上衣を受け取る。
いつも出勤のときに携えてくる鞄から小さなソーイングセットを取り出し、
私の机の向こうにある彼女の席へ。
その一連の動作を見つめていた私の視線を感じたのだろう、
ちら、と振り返って、私に仕事の続きを促す。
撃たれては敵わない、と、慌てて仕事に戻った私は、
彼女が繕い物を終わらせると同時に目下黙読中だった書類にサインした。
「どうぞ」
すっ、と差し出された上衣に袖を通す。
瞬間、思ったことが口をついて出てしまったのは何故だったのだろう。
「やはり君はそうしてはっきり物を言う方が良いね。
…それはそうと、家でも、君がこうしてくれたら嬉しいんだけどな」
しばしの沈黙。
私は私で、自分が何を言ってしまったのか悟って青くなってしまったし、
中尉は中尉で、私の真意を測って黙ったままホルスターに手をやった。
「大佐…それはつまり、私と同棲したいと仰っているのですか?」
静かだが青い炎の燃えている瞳で私を見据える。
握られた拳銃は、しっかりと私を狙っていた。
――撃たれる。本当のことを言わなくては、確実に。
理屈などではなく、直感がそう告げていた。
「ホークアイ中尉。その言葉には一部訂正箇所がある」
「何処でしょうか」
あくまでも落ち着き払った声は、私を突き刺すかのようだ。
それも、有刺鉄線のようなかわいいものではなく、
磨き上げられたサーベルの感覚に近い。
「君はさっき『同棲』と言ったがね、私はそんなつもりはない。
そんな中途半端な形は私のプライドが許せない」
敢えて結婚と言う単語は使わずに。
この真意を彼女は測りかねていたが、それでもかまわなかった。
「『囲う』つもりでいらっしゃるのでしたら、慎んで辞退申し上げます。では、これで」
カチャリ、ドアを開けて出て行く中尉。
どうやら「プライド」という言葉は、「囲う」という方向に取られてしまったらしい。
まぁ、いつだったかハボック達に話した「ミニスカハーレム計画」を
どこかで中尉に聞かれてしまったらしいし、無理もないが。
さて…どうやって真意を伝えたものか。
おそらくは展望の開けている未来を前に、嬉しさを押さえきれないまま私は呟いた。
「同棲も囲うのもダメ、しかし一緒に住む事に関して文句を言うわけではない、か。
これは、結婚出来る見込みがありそうだな」
はい。
冷静な様で落ち着いてない中尉(中尉サイド参照)と、
既に結婚前提で話を進めている大佐でした。
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