序


 その音は絶妙なタイミングから繰り出されていた。
 ある者は天使が奏でる楽のように、また別のある者は不世出の天才楽師の作り上げた音のように思っていたかもしれない。
 けれど、それはどちらでもなかった。

 ただ、繰り出される刃、一撃必殺の力を込めた力同士が奏でる―――それは戦場の楽。




 数十合の打ち合いが続いていた。周囲に人影はなく、そこにあるのは刃もて打ち鳴らす2つの色。
 それは夜目にも鮮やかな赤と青。
 陰陽の夫婦剣と朱色の魔槍。
「どうしたよ、打ち込んでこねえのか?」
「フ…君こそ先程に比べると刃の速度が鈍っているぞ」
 ぬかせ、と再び大気をも引き裂くような速度で繰り出されるのはランサーの槍。それに対してアーチャーの双剣もまた紅蓮の刃を受け止める。
 そしてまた数十合。
 傍目から見れば、それは美しい死の舞踏にも見える。
 絶え間なく、どちらかの命が絶えるまで繰り広げられる、あまりにも華麗なダンス。
 そして、刃が奏でるのは死の円舞曲。
「オイ…いい加減本気だせや」
「これが本気に見えないかね。君の槍を受けとめるだけで私は精一杯なのだが」
 アーチャーの科白に嘘は無い。けれど、それならば今までの斬撃はどうしたことか。未だかつて、ランサーの攻撃の全ての攻撃を受け止められた者、受け流した者はいないというのに。
「君こそ、そろそろ本気を出してはどうだ。解放してこその宝具だろう?」
 ちょうど途切れる第一楽章。
 それをいいことに、ランサーはわずかばかり大きく間合いを取るようにして身を引いた。
「言われるまでもねえ……テメエのような輩は、とっとと錆にするにかぎる」
 いつまでも嬢ちゃんに手出しできねえのもつまらねえし、などと本気だか嘘だかわからないランサーの発言に、今度はアーチャーの方が構えをとる。
「………………」
 無言のまま、おそらくはカウンターを狙うかの如く自らの中の魔力を高めているだろうアーチャーを視界に入れつつ、ランサーは地を穿つかのごとく槍の穂先を動かす。

「刺し穿つ―――」
「…………!!」

 解放のための言葉、魔槍の真名を口の端に乗せようとするランサー。その言霊から繰り出される必殺の一撃を受け止めようと集中するアーチャー。けれど、

 ――――――――!!

 ランサーの魔槍から放たれたのは何の変哲もない一撃。僅かに呆気に取られたアーチャーだったが、瞬時に体勢を立て直すと真正面から槍の穂先を受ける。その後ランサーの槍がアーチャーに向けられること、そしてアーチャーの双剣がランサーの槍を弾く事2度。流石に疑問を抱いたアーチャーがその言葉を口にする。
「あそこまで真名を展開しておいて……私を焦らそうというのが君の策か、ランサー」
「オレに男を焦らすような趣味はねえよ、アーチャー」
 そうは言うが、ランサーの刃はほんの僅かずつ―――それこそ同じサーヴァントであるアーチャーだからこそ身抜けるくらい微かに―――力を失いつつあった。
「………なるほど、私のような輩には手を抜くのが君の流儀だったか」
 挑発のような言葉を口にした途端、アーチャーを襲う斬撃は再び火花を散らす。けれど、それもただの一度。周囲を圧倒する気迫こそ衰える気色もみせないランサーだったが、アーチャーの受ける刃は僅かずつ―――確実に力を失いつつあった。
「………つっ……!」
「チィ………!!」
 それまででも最高に力の乗ったランサーの一撃。渾身の力もてそれを受けとめたアーチャーに舌打ちすると、ランサーは次の体勢に入ろうと一歩後退しようとした。けれど、
「ん…っ……!」
「…………!!」
 アーチャーは驚きの表情を浮かべた。ランサーの身体が傾いだのだ。もっとも、敏捷性に運動神経に優れたランサーだから瞬時に取り繕ってはいたが。
 まさか、と思ったアーチャーは真偽を確かめるべく、右手の干将を振り下ろす。もちろん、戯れに放った一撃ではない。そのようなことをすれば、返す刃ごと魔槍の餌食になるのは確実だ。けれど、ランサーは槍の柄でその一撃を受け止めた。ここまではアーチャーの予想通り。けれど、
「………!」
 干将を押し返すその動作の最中、再び槍騎士の身体は揺らいだ。
 それを見て取ると、弓騎士は手にした双剣を灰燼に帰す。
「アァ!? アーチャー…テメエ、ふざけてんのか!!」
「………ふざけているのは、君だろう」
 何だと、と気勢を上げて槍を振りかざそうとしたランサーだったが、
「!!」
 びくん、と身体を震わせると魔槍をその手から零し落とした。それだけではない。野生の獣の如く大地を踏みしめていた両の脚はがくりと力を失って身体を支えきれない。膝をついて腕をついて、かろうじて四つんばいの姿勢になりながらも身体を支えるのが精一杯になってしまった。
「………随分と、魔力を失っているようだな……」
 かつ、と足音を響かせて近寄るアーチャーに、劣勢となったこの態勢からもしかと顔を上げて応じるランサー。
「うるせえ、よ……まだ、勝負は着いてねぇ、だろ……」
 転がった槍を探し当てると、それを杖代わりにして立ち上がろうとするランサー。けれど、
「…………っ!!」
 地に立てた瞬間、魔槍ゲイボルクは紅の粒子を蒔きながら霧散した。
「………宝具を具現化できないほど衰えていたか…………」
 冷然と見下ろすアーチャーに、ランサーはそれでも射るような視線を向けると立ち上がろうとしてもがく。
「たとえ……」
 ランサーが腹から搾り出すようにして出す声に、アーチャーは興味を示したのか口を挟まずに先を促す。
「槍が…なくとも、オレの心が折れることは…ねえ……」

 
 最期まで臥して死ぬことを拒んだ、アイルランドの大英雄。その姿は長い時を越えたこの時代でも同様だった。

 ―――これが英雄という生を全うして生きた男の姿―――

 英雄としての死すら与えられらかった男は、そんなランサー―――クーフーリンの姿に何かを感じた。心の奥底、望んでも与えられないものをずっと望みつづけて生きてきた点では彼もランサーも変わりは無い。けれど、どうしようもなく違うところがあった。

 ―――嫉妬、というものだ―――

 心のどこか、渦巻くような感情に完全ではない蓋をすると、英雄になりたかった男は歩を進めた。そして、

「な……!! き、貴様一体何を…っ……!!」
「五月蝿い。暴れるな」

 今にも地に臥すばかりだったランサーの身体を横向きにして抱き上げる。あまりの扱いにじたばたと喚いて抵抗するランサーを無視すると、アーチャーは自らの宝具を解放した。


「―――unlimited blade works」


 そこに、何かが見つかることを願って。



>続く

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