2000億年の孤独
1.
その空は赤かった。
陽の色か、はたまた炎の色か。
―――あるいは、この世界の王が人知れず流した血の涙の色か。
太陽のように宙に浮かぶ歯車。
屍のごとく打ち捨てられた刃。
その世界にあるのは、勝利でもましてや栄光でもない。
―――唯一の、至高の支配者である王の孤独。
それだけ。
「……いい加減に降ろせよ、テメェ」
横抱きに抱えあげられ、当初必死に抵抗していたランサーだった。が、ただでさえ必要な魔力をこれ以上減らしたくなかったのか、その抵抗は尻すぼみに小さくなっていっていた。けれど、不本意であることは変わりない。
抱き上げられ、見知らぬ異界へと運ばれること数分。我慢の限界を越えたのか、閉じていた口を開いた。
けれど、それに対しての返答はない。
「………………」
「……あー…そーかよ」
後で覚えてろ、と口に出さずに悪態をつくと、ランサーは盗み見るようにして自分を攫いあげた男の横顔を見る。
感情一つ表に出さない顔は、ただ精悍であるのみ。視線の先に映るのはこの世界の情景だけ。
―――ま、初対面の時から気にくわねえとは思っていたがな―――
人をくったような超然とした態度もそうだが、何か大きなものを背負っていて、その重みに疲れ果てている…そんな空気を纏っているのも、何かランサーの癪に触った。ついでに、マスターとの相性がよさげだったとか、そのマスターが自分好みの気の強そうな女だったとかいうのも恐らくは勘定に入っている。
それにしても。
「……この体勢だけは勘弁だ」
そう、これではまるで……。思わず変な想像が頭に浮かんだランサーに対して、
「初夜の床に運ばれる花嫁のような気分になる、といったところか? ランサー」
この世界に入って初めてアーチャーが口を開いた。
「……テメエ、ようやっと口にする科白がそれかよ」
あえて遠まわしに反論するランサーだったが、現実として自分がそのような体勢になっていることは否めなかった。
「だから、いい加減に……」
「この辺りでいいか」
ランサーの「降ろせ!」コールに根負けしたのか、本当にそろそろ降ろそうと思っていたのか、丁寧な仕草でアーチャーはランサーの身体を地に横たえた。すかさず、ランサーは上半身を起こすと、立ち上がろうとしていたアーチャーの外套を掴んだ。
「一体、ここは何処だ?」
何故自分をこんなところに連れてきたのか、という最初に浮かんだはずの問いを飛ばすと、別の問いを口にする。けれど、それに対してアーチャーは、
「……ティル・ナ・ノグでないことだけは確かだな」
といつもの調子で返すだけ。はぐらかされる…というより、マトモな返答など端から期待していなかったランサーだったが、さすがに何も言う気が失せた。そうなれば戦士としてすることは一つ。自分の視点から現状を的確に把握することだ。気を取り直して、周囲に頭を巡らせる。
奇矯奇怪な風景。永い時空(とき)を渡り、すでに記憶なぞ忘却の彼方。そんな槍の英雄でも確と断言できた。
こんなのは初めてだ、と。
ただ奇妙なだけではなく、濃密な魔力に満ち溢れている。事実先程まで指一本動かすのもやっとだったランサーが、いとも簡単に身体を起こすことまでできるようになっていたのだから。
「で、テメエの目的は何だ? まさかとは思うが、聖杯戦争が終わるまでオレをここに監禁でもしようというのか?」
どうせ答えはあるまい。そう思いつつも、赤い外套の端を握りしめながら問うたランサーだったが、
「ふむ…半分当たりで半分はずれだ」
意外にも真摯な表情で、アーチャーは片膝をつくと真正面からランサーの顔を見ながら答えた。思わず視線で続きを促そうとしたランサーに、アーチャーはいつもの無表情でもう一度口を開く。
そして、出てきた答えはランサーの想像の範疇外の言葉だった。
「監禁する、というのは確かだ。ただ、それは永久的に、であって期限付きのものではないが」
>続く
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