二月の丘
1.
「……こうして、彼は今でも長い長い時を渡るのです。
いつか、彼の本当の『願い』を叶えるために―――――――」
老人の言葉が終わると、少女はすかさず問いかけた。懸命に、必死で訴える少女に老人は一つ一つ丁寧に答えていく。けれど、気に入らないのか納得できないのか、少女の表情は次第にに泣き出す寸前に近くなっていく。長い金色の睫を震わせ、口唇の両端が耐え切れないとでもいうようにひくひくと動く。そんな少女の髪に手を差し延べると、老人は厳しさの中にも温かみのある口調で少女に語りかけた。
「…………お前は、お前の為すべきことを重ねなさい、アースゲイル」
そして少女は――――――。
「…………夢、か」
ホテルの一室で静かに瞼を上げた女は呟く。
起きぬけであろうと、少しも掠れていない張りのある声で。
「………随分と感傷的になったものだ、私も」
もう長い間夢など見ることもない。人間の生理現象としての夢すら見ない……そんな生活を送り続けていた彼女は、ふう、と一度息を大きく吐き出すと勢いをつけて寝台から起き上がった。最低限の荷物の入った鞄から衣服を取り出すと、手早く身に付ける。
全ての動作を彼女が終えたとき、その場にいるのは1人の若い男のようにも見えた。
すらりとした鹿のような身体は性を感じさせるには薄く、思い切り良く切られた金色の髪もまた見ていて小気味よい。しっかりとネクタイを締めたスーツ姿ということもまた、男を意識した……というよりは女であることを拒むような服装であった。
「………そろそろ出るか」
荷物すら持たず、上着のポケットに片手を捻じ込むと女は外へと足を向けた。
北アイルランド……かつてはアルスター地方の中心地であった都市は、アイルランドに聖堂をもたらした聖人が最初に伝道の根拠地とした場所である。郊外へ行けばその足跡を残す遺物が数多く残り、今に至るまで神の名が遍く広まっていることを窺わせる。現に、安息日ともなればこの地の人間はこぞって聖堂へ向かうほどなのだ。そんな人の流れに目を遣りながら、女―――バゼットは昔、仕事で共にした神父を思い出していた。その男が司祭として守る伽藍は、閑古鳥が鳴いていると他でもない当人が話していたことをもまた。
フ、と口唇の端に刷いた笑みを一瞬で収めると、聖堂へ向かう人の流れに逆らうようにしてバゼットは道を進んで行った。
彼女のたどり着いた土地は、市の郊外。
荒涼とした地が続くそこには、聖堂の面影は少しもない。
その地の名はエウィン・マハ。
聖堂教会の光を拒むかのようなその土地は、未だに「異教」とされる神々の住まう土地でもあった。
大地に独り立ち、バゼットは先ほど上着に捻じ込んだものを取り出す。銀色の鎖と、その端にぶら下がる石。石にはアルファベットの「B」によく似た文字が刻まれていた。
彼女は石が地面に向くようにして、反対側の端を摘みあげる。すると、彼女の指も腕も動いていないのに石が揺れ始めた。
「こっちか……?」
石の振り幅が大きければ大きいほど、探すものの位置は近い―――ダウジングと呼ばれるこの技法に、バゼットは彼女の独自の改良を施して、その精密度を上げていた。それが「石」である。
石の導くまま、彼女は歩みを進める。
石の振れるまま、彼女はその歩みを速めていく。
石が歌うように揺れるまま、彼女は獲物を見つけた野生の獣のように大地を駆けはじめる。
そして―――石は唐突にその動きを止めた。僅かに荒い息を吐くバゼットの身体からくる震えに一切影響されることなく。
「ここが………」
その時初めて、
バゼットは回心の笑みを見せた。
まるで、宝物を見つけた幼な子のように。
>続く
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