2.
紫をまとった陽の光が静かなる廃墟を照らす。
春に未だ遠い初月の末の曙の中、女は独り静かに佇んでいた。
彼女の眼前には自らの血液で描いた魔方陣が妖しい光を浮かび上がらせている。
いうまでもなくこれは「召喚」の魔方陣―――聖杯戦争に参じるための英霊を喚ぶ儀式のためのものだった。
―――告げる
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に―――
「剣」ではなく寧ろ「槍」だったか、とどうでもいいことを考えながら言葉を続けるバゼット。詠唱の序盤とは言え、英霊召喚という大儀式に余計な邪念が入ることがよろしくないのは承知していたのだが。
―――聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ
誓いを此処に
我は常世全ての善と成るもの
我は常世全ての悪を戴くもの―――
周囲の風景に禍々しいものが溢れると同時に、清清しい一陣の風もまた吹き荒れる。
人の手で作り出したどこか歪な神秘と、古来から脈々と流れる正統なる神秘の融合。その2つを感じながら、バゼットは用意された言霊の最後の一節を口にした。
―――汝三大の言霊を纏う七天
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!―――
瞬間、
「………………」
轟、と風が吹き荒れエーテルが荒れ狂うように舞う。あまりに激しいその旋風は、いかに周囲の風景に朝靄のようにして溶け込む色彩であるにも関わらず、他を寄せ付けないほどの魔力を放出していた。
そんな中、
「……………………」
バゼットは身動き一つせず、ただその目に青眼を宿して真っ直ぐに見つめていた。
朝陽を背景にして現れたモノは、まるで太陽から生み出されたモノのようにも見える。それもそのはず、彼はこの地に伝わる異教の光神の血をわけた者なのだから。
「……………………」
魔方陣の中央に確と立つ男。
蒼い装甲と、色を同じくする髪。
手にはその名を象徴する槍。
耳には召喚の媒介となる一対の魔力を帯びた石。
そして、彼は自分が「喚ばれた」ことを理解するかのように、その双眸を開いた。
「……貴殿が我がマスターか」
「そうだ」
男の問いも短ければ、対するバゼットの答えも短い。互いにそれ以上の言葉はいらない、とでもいうように。
男はバゼットの元まで歩み寄り一瞬だけ彼女を見下ろすと、黙ってその前に跪いた。そして、右手に持っていた槍を両手で掲げるようにして額を当てる。忠誠を意味するその動作にも、バゼットは眉一つ動かすことなく冷静に男の動作を見守った。
「ランサーの名において、貴殿を我が主として戴くことをここに誓う」
厳かな宣誓。
けれど、
「一つ聞くが、それはただの口上か…それともその身に課する『誓約(ゲッシュ)』か?」
「………………………はい?」
出会い頭の唐突な問いに、男は顔を上げて女の顔をまじまじと見る。
太陽の光を受けて輝く金色の髪も、彼の故郷の川を思わせる澄み切った蒼の瞳もどこか温度を感じさせない。まるでよくできた細工物のようだ、と男は思った。
「……どうなのだ、クー・フーリン」
「え…………」
問いを更に重ねられて、ランサーの名を冠した英霊、クー・フーリンは思わず口ごもる。とどめとばかりに、
「私が欲するのはあくまで後者なのだが……そう理解してよいのか、クー・フーリン」
「な…………!」
あろうことか―――彼がマスターとした女は、『絶対服従』を彼に求めたのだった。
>続く
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